15 もう一つのケース…米国同時多発テロ

 「と、言うことは、よ。

  FBIは、4REAЯ事件が迷宮になって以降、ケサランパサランに関しての介入はしていない…ってこと?」

 

 混沌絢爛の交差点、ニュー・フォーコーナーを右折し、ボン・ヴォリーニのリムジン、リオの運転するマスタングは、ストリップを北上する。

 中央分離帯にそびえるパームツリー。

 頭上で輝く、ホテルやカジノのネオン、LEDモニターの閃光が痛い。


 マシンの加速に追随して、あやめの質問は続くが、リオは返す。


 「いいえ…って、それも資料として送ったはずよ。読んでないの?」

 

 あやめは目頭を押さえながら


 「車でも飛行機でもそうなんだけど、私、乗り物の中で本読むの苦手なの。距離感っていうのかしら? 頭の中がぐちゃぐちゃして吐きそうになるのよ。

  酔い止め飲んでも、それだけは無理。

  だから、4REAЯの調書、何とか読んだ後は、ロス着くまで、ずっと寝てた。」

 「こっち着いた後は?」


 リオが聞くと。


 「時差ボケと戦いながら、調査の方に回ってたし…全部に目は通せてないってのが正直なとこね」

 「まあ、分からんでもないわな。体調なんて、人それぞれだし」

 「私の場合、人じゃない血が流れてるから、そうなってるんだけど…って、そんな冗談は置いておくとして」


 リオは話し始めた。


 「再び、FBIがケサランパサランとラスベガスを結びつけることになったのは、5年後の2001年。あの同時多発テロ事件よ」


 「確か、テロを起こしたハイジャック犯の何人かが、事件を起こす前に、少なくとも4回、ラスベガスを訪れていたって…あの話?」

 「そう。何故ラスベガスを訪れたのか、その目的は今も不明だけど、有力な説っていうのは――」



 「攻撃目標の中に、フーバーダムがあったから。

  ラスベガス近郊にある巨大な水瓶は、同時に、アメリカ最大規模の水力発電所でもある。

  そこが破壊されれば、西海岸一帯の経済活動は、再起不能レベルにまで追い込まれるわ。

  テロリストは、それを狙おうとした。

  でも、山間部にあるダムの壁面に、大型旅客機を低空で衝突させるのは、どれほど操縦の腕前があっても、ほぼ不可能に近く、フーバーダムへの攻撃は中止となった……で、合ってたかしら?」

 

 リオは頷き


 「知ってたの?」

 「メディアがこぞって報じてたからね。耳をふさいでても聞こえたわ。

  ただ、フーバーダムへの攻撃計画は、今に始まった事じゃない。

  第二次大戦中には、ナチスや日本軍の標的にされたし、それを防ぐため、下流に同規模の偽装ダムを造る計画まで持ち上がっていたくらいだからね。

  因みに、フーバーダム攻撃説を裏付ける証拠として、テロリストの姿と、彼らが運転する車が数回、ダム付近の防犯カメラに捉えられている」

 「完璧。流石はエリス、いや、陰陽師もおそれた少女…か」



 「そこまでは、誰もが知ってる情報だけど、それが、ケサランパサランと、どう繋がるのか…ウィキをめくっても分からないのよねぇ」

 「んなもんに載ってたら、世の中全部、フェイクニュースまみれよ」


 失笑したリオは、続けた。


 「そのテロリストもまた、フェニックス・インペリアルホテルを出入りしていたのよ。防犯カメラにも捉えられていたし、何より宿泊履歴もあった。

  今回もホテル側を取り調べたけど、ゲイリーも知らぬ存ぜぬ。何らかの過激派組織とのつながりも、認められなかった。

  ただ、墜落した唯一のハイジャック機から、例のガラス瓶が発見されたことから、今回はFBIの怪奇事件捜査班が動いたのよ。

  4REAЯ事件と何らかの関係があったんじゃないかって」



 そう言いながら、リオは懐に仕舞っていた、シルバーのiPhoneを取り出すと、指紋認証ワンタッチで起動し、あやめに渡した。

 乗客たちの抵抗により、目標に届くことなく墜落したハイジャック機、ユナイテッド93便から発見されたという、そのガラス瓶の写真ファイル。

 確かに、今回のロンドン、韓国で見つかったものと同一。



 「ニューヨークやペンタゴンでは、コレ、見つかってないの?」

 「残念なことにね。元から持ってなかったか、それとも、衝突した時の熱量に瓶が耐えられず、燃え尽きてしまったか。

  今となっては推測するに過ぎないけど、テロリスト1人だけが、秘密の武器を持っているなんてことは考えにくい。個人的には、他の旅客機にも、同じ瓶が搭載されていたって考えてるわ」

 「じゃあ、リオちゃんは、ケサランパサランについて、以前から知ってたの?」


 その答えには、横に首を振る。

 


 「何かの暗号だと思ってたし、ガラス瓶が何を指し示すかすらも全く。

  第一、2つの事件は私がFBIに入局する前の話だし、特別捜査官に任命された後、事件ファイルとして読み込んだだけだから。今回の事件が、本当に初めてになるわ」 

 「そう…で、話をもどしましょう。結局FBIは、事件を――」


 あやめから渡されたiPhoneを、片手で貰いながら、リオは続けた。



 「確たる物証も、この2つの事件とホテル、ガラス瓶の関連が分からなかったからね。当時の副長官が真相解明を直々に指示したけど、事件は闇の中。

  FBIは、インペリアルホテルが一連のテロ事件に、なにも関与していないとの結論を出し、捜査は終了。

  まっ、4REAЯ事件が不完全な資料としてでしか残っていなかったのも、痛いし、妖怪のせいだって判明しても、世論は味方しないさね」



 これが、FBIの関わった2つのケサランパサラン事件。

 だが、そうなると疑問が。


 「もし、FBIの事件がケサランパサラン絡みとなると、私たちがリサーチした被害者の傾向にも合致するし、このホテル関係者が犯人の可能性は、大きくなるわね。

  突然幸運がもたらされ、そして非業の死を迎えた人物と、その傍に落ちていたガラス瓶は、全部全く同じ大きさと構造。

  1人のは抗争事件を生き抜いたものの、突然惨殺。

  もう1人は厳重なセキュリティを逃れて武器を飛行機に持ち込み、そして墜落」


事実はそうなのだが――。


 「…目的は何かしら。政治的な信条でもなく、裏社会からの見返りも見えない。かと思えば、犯罪とは何の関係もない人間にも、同じように、ケサランパサランが入っていたであろう瓶を渡していた。

  ベガス入りから、もうすぐ3週間。ようやくエリスちゃんが、ゲイリーに接触できたっていうのに…」



 そうぼやきながら、あやめはポケットから細長い小箱を取り出して、中から小さな筒を一本、取り出した。

 タバコか。

 口に持っていくのを横目に見ながら、リオは言う。

 

 「この車、禁煙なんだけど?」

 「ご心配なく。ココアシガレット…お菓子だから」


 よく見ると、紺色の箱にはカタカナで「ココアシガレット」

 日本で70年以上もの間販売されている、代表的な駄菓子。文字通りタバコの形をしているが、その正体は細長いラムネ。

 あやめは、お菓子のタバコを口にくわえるが、当然、火も煙も出ず、そのまま大きく、息を吐いた。


 これが彼女なりの、仕事中の息抜きの仕方――なのである。


 「甘いもの食べると、ココロが落ち着くの」

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