14 4REAЯ事件概要― あやめたちの尾行
PM10:12
ラスベガス
フーターズ・カジノ・ホテル
ラスベガス中心部の南側、玄関口であるマッカラン国際空港も近いエリア。
他のリゾートホテルに比べると、派手さを抑え、壁面にはパームツリーのシルエットと、少し大人しい雰囲気の白いビル。
しかし屋上に輝く、有名なオレンジ色のロゴ、丸い目のフクロウと来れば、そこがパブ風レストランチェーンでおなじみ、フーターズが運営するホテルと分かるはずだ。
ベガスに林立する数多のホテル同様、ここにもレストランとカジノ。宿泊客でなくとも自由に出入りできるが、出迎えるのはフーターズガールと呼ばれる、ウェイトレスの女の子たちだ。
あふれんばかりの爆弾を包み込んだロゴ入りタンクトップに、オレンジのホットパンツ、白のスニーカーがトレードマーク。
万国共通、フーターズレストランのシンボルである。
彼女たちがディーラーを演じるカジノ。ポーカーの席でチップを積みながら、1人の日本人女性が、すぐ傍のロビーに目を向けていた。
姉ヶ崎あやめ。カジュアルなワンピース姿でトランプをめくる。
視線の先には、ロゴとイメージカラーを身にまとったレーシングカーが展示されており、その傍で男たちが、軽い握手や抱擁を交わしている。
中心にいるのは白のスーツを身にまとい、チョビ髭を生やした若い男。
ノクターン探偵社がマークする次の犠牲者、ボン・ヴォリーニだ。
彼が円の中心から離れると同時に、あやめは袖に隠していたピンマイクを、口の傍へと持ってくる。
「ターゲット、アウト。こっちも出るわ」
そういうと、彼女は立ち上がり、ディーラー役にチップを一枚渡すと、そのまま出入口へと向かって歩き出した。
カジノとフロント、そして出入り口とエントランスは隣り合うほど近く、あやめはすぐに、ボン・ヴォリーニが先ほどまで会っていた男たちとすれ違う。
周囲の人たちは、熱気と騒々しい場の雰囲気に、感覚を取られていて気づいていないのだろうが、空気すらダガーナイフに変えてしまうほどの、ピリピリとした殺気を彼女は男たちから感じ取っていた。
(間違いない。彼の仲間ね)
扉を押して外に出ると、当の本人は横付けされた車の後部座席に乗り込み、運転手がドアをゆっくりと締めているところ。
フォード リンカーンをベースとしたタウンカー・リムジンは、ヘッドライトを照らしながら、白い車体を闇の中へと突っ込ませていった。
一方のこちらは、最初から夜の闇に。
とは言うものの、他のネオンや街頭で、その姿は見つけやすいが。
駐車場に停まっている、黒のフォード ムスタングGTコンバーチブル。
馬力充分のオープンカーに乗るや、運転席のリオはあやめに言う。
「あのリムジンか」
「ええ。仲間のマフィアには気づかれてないわ」
「何か話してた?」
「周りの音でよく聞こえなかったけど、酒やら山奥やらって単語が出てきた」
「となると、連中が流してる密造酒、ヒナマティーニ絡みの相談、ってところか」
リオは背伸びをゆっくり
「オーライ。じゃ、行くか」
エンジンをかけると、滑るようにホテルを出て、ストリートを流し始める。
視界に、リムジンのテールランプを捉えながら。
いつもなのか、今日だけか、この夜のトロピカーナ・アベニューは嫌に車の量が多い。
フェラーリもレクサスも、ノロノロ運転だ。
すぐに2台は、信号に引っかかった。
フーターズが面するトロピカーナ・アベニューと、ラスベガス市街を南北に貫くメインストリート、ストリップが交差するニュー・フォーコーナー。
ヨーロッパの古城、マンハッタンのビル群、巨大な黄金獅子、近代的なタワーホテル。
それぞれの角に立つ、統一性のないそれらが、スムージーの如き混沌と、文字通りの豪華絢爛絢爛をぶちまける、魔性の大規模交差点。
世界最大規模のリゾートホテル、MGMグラントガーデンの足元。リオはポロっと、車中で話し始めた。
「ここよ。アヤ」
「えっ?」
「FBIが初めて、その公式書類にケサランパサランの文字を刻むこととなった事件。その始まりの場所よ」
「飛行機の中で読んだわ。4REAЯ暗殺事件よね?」
「ああ」
1996年9月7日。
この日ボクシングファン必見のメガファイト、マイク・タイソン対フランク・ブルーノの試合が、ここMGMグラントガーデンで行われた。
試合はタイソンの瞬殺で幕を下ろしたが、時を同じくして場外で巻き起こった核爆発級の乱闘は、タイソン以上に、世間から注目を集めることとなる。
ゴングを鳴らしたのは、アメリカで人気絶頂にあったラッパー、フォー・リアル・アンクリスタルこと、4REAЯ。
その防犯カメラ映像が、後に公開された。
マネージャーと一緒に、ホテルフロアでタコ殴りをかましていた相手は、驚くなかれ、アメリカンマフィアの構成員だった。
90年代当時、アメリカではヒップホップの巨大レーベルが、東西をまたにかけ、シェイクスピアも真っ青な抗争を勃発させていた。歌詞を武器にしての誹謗中傷劇は、事態を裏で操っていたマフィアの介入により、銃に訴える流血事へと発展する。
その中でおきた乱闘。
だが、事態は最悪な結末をもたらした――。
数時間後。
MGMから、自身のパーティー会場へと向かっていた4REAЯが突如、車上射撃を食らい被弾。すぐさま病院に搬送されたものの6日後に25歳の若さで、この世を去った。
この事件を機に、抗争事件は沈静化していくが、事件の犯人については未だ判明していない。
関係者の協力が取れなかったこと、が未解決の要因であると警察側は証言しているが、死後30年近くが経った今でも、それを懐疑的と見る人の方が多い。
ギャングのボスであり、抗争の発端となった音楽レーベル社長の影響力もさることながら、彼自身、非番の警官を銃で撃った前科があり、警察も彼にはあまりいい印象は持っていなかったからだ。
まあ、どんな話を並べようと、この事件が闇の中であること、死後の4REAЯの影響力が、プレスリーやジャクソン同様、生存説が出るほどに大きいことは言うまでもない――。
「関係者の協力が得られなかった…っていうのは、ある意味では嘘で、そこが、ケサランパサランとつながってくるのさ」
「話がみえてこないけど?」
首をかしげるあやめに、リオは続ける。
渋滞はひどく、まだ動かないし、ストリップをサイレンで自己主張を施した救急車が、全力疾走していった。
「抗争勃発後から、4REAЯは何度かラスベガスを訪れ、その度に同じホテルに出入りしていたそうよ。いつもは付き添わせる取り巻きを置いてね」
「それが、フェニックス・インペリアルだった…と?」
「彼の側近が、そう証言しているんだから。おまけに暗殺事件の直前、彼の乗ったBMWが、そのホテルに入り、数分後に走り去る姿が防犯カメラに捉えられてる。
ホテル関係者の話によると、彼はフロントでオーナーを呼び出すよう言ったらしいわ。で、オーナーが不在と知るや、すぐさまホテルを出ていった。
その顔は蒼白。何かに怯えているようだった、ともフロント係は証言したそうよ」
「オーナーということは、今、エリスちゃんが会ってる、ゲイリー・アープか。
…ゲイリーは4REAЯと、どういう関係だったの?」
あやめが聞くと、リオはクラッチを踏み車をゆっくり前進させながら
「ネバダ支局の取り調べでは、ただのVIPで、それ以上の関係性はないと証言しているし、現に彼が東西抗争に関与した物的証拠は何一つない。
そう…銃撃されたBMWに遺された、あの細いガラス瓶以外はね。
更に側近は、こうも証言していたそうよ。
一度だけ瓶の中身を見せられた。そこには小さな綿毛が5、6個、ふわふわと浮いていた。
側近が“そいつは何だい?”と聞くと、4REAЯはこう答えたそうよ。
“ケサランパサラン”ってね」
いつの間にか、リムジンとマスタングは、交差点から吐き出されようとしていた。
あやめは信じられないと言わんばかりに、目を見開きリオに問う。
「どうして、その時にFBIは動かなかったの? 今回の――」
「まだ、捜査態勢が整っていなかったからさ。私がかつていた、怪奇事件専門の捜査セクションが設立されたのは、この1年前。捜査指揮権も、介入する権限もあって無かったようなものだったそうだから。
それに、FBIは瓶と綿毛の証言を、関係者の幻覚として処理し、重きをマフィアの抗争と壊滅に置いていたからね。同時期にはニューヨーク浄化作戦も実行されたし。
今となっては、再捜査のしようがない。証言してくれた側近は、その後に事故死。物証の瓶も、現物はどこかに紛失してしまったしね」
あやめは溜息を吐きながら、肘をついて、サイドミラーに写る自分を見る。
「“X-ファイル”が泣いてるわよ」
「違いない。連中がしっかり仕事してれば、ウェイコだって歴史に残らなかったはずだからね。
それに…私の恋人も…」
微かにハンドルを握る手が震えるのを、あやめは横目で見はしたが、これ以上は何も言うまいと、鏡に映るヘッドライトに意識を持って行った。
リオが、どんな表情をしているか。それは交差点の角に立つ、自由の女神のみが知る。女の秘密だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます