7 小さな邂逅…疑惑
「遺体の状況がアベコベなのさ。
旅客機の火災は、発生から5分で空港消防局によって消火作業が行われ、火が消えたのが1時間後。
その時、回収されたキムの遺体は、頭蓋骨と右腕、両足だけが焼け焦げていたのさ」
そう言って、再度プロジェクターを回す。
「…直視するんじゃなかった」
しゃがみこみながら両手で目を覆うリオに、あやめはそっと背中をさする。
「そういえば、苦手だったわよね…こういうの」
「FBI時代からの玉に瑕ってやつだけど…ああ、いくつになっても無理だ」
あまり読者にも伝えたくはない、惨状ではある。
マリサの報告通り、遺体は頭蓋骨と右腕、両足は完全に焼かれている。
しかし不思議なことに、それ以外の部位は綺麗なもので― と言うのも語弊がないわけではないが― ある程度の水疱やピンク色の死斑は確認できるくらいに、皮膚への損傷が少ない。
この程度の損傷は、一酸化炭素中毒で死亡後、短時間で発見された遺体に多く見られる兆候である。
確かに、長時間炎に焼かれたはずの御遺体が、このような局所的であることはアベコベと言って的確だが、詳細に言えば焼けた部位もまた、アベコベなのだ。
というのも、右腕と両足は皮膚が焼け筋肉が露出しているのだが、頭部に至っては顔面の筋肉は消失、骨どころか黒く凝固した脳が露出している。
前者は消失開始から20分以上、後者は40分以上の人体の状況と全く同じ。
ただし、これは約600~800度の高温に晒された場合の状況であるが、可燃性が非常に高いジェット燃料の火災、そして旅客機が爆発を起こした事実を加味すれば、この判断は間違いではないと言える。
しかし、何故、人体が三か所において、まったく異なる燃え方をしたのか。
今までの航空史、否、あらゆる死亡事例をあたっても、存在しない未知のケースであることは確かである。
「こんなことが、あり得るんですか?」
眉をひそめながら、エリスはマリサに問うた。
「いや、私もこんなデタラメは初めてだよ。最初は目を疑ったね。
デタラメすぎたからこそ、事故調査の最終報告書にも載らなかったんだ」
「当然と言えば、当然ですね」
「で、結果が事実なら、こうなるに至った原因が絶対にある。そこで調べたところ、こいつが、キムの身に着けていたズボンとスーツのポケットから、出てきたのさ」
スライドが暗転して現れたのは、先ほどと形状も素材も全く同じ瓶が2つ。
黒くすすけてはいるものの、まず間違いない。
「米国航空事故調査委員会が回収したソレは、微かにおしろいの匂いが漂っていたということさ」
「ロンドンと韓国。2つの事故で、同様の瓶」
「いや、2つだけじゃないさ。アヤ。
もしやと思ってね。保管されてきた過去のファイルを遡ってみたんだ。予想はしてたが、この瓶が証拠物件として出たものの、事件性なしと判断されたケースがごまんと出てきたのさ」
スライドの速度がさらに増す。
と言うのも、流れる写真は全部、あの瓶。形も、大きさも、ふたの形状も、なにからなにまで全部同じ瓶の写真なのだ。
「2010年5月、シカゴの列車脱線事故で死んだ、弁護士の私物。
2008年3月、ストックホルムのガス爆発で死んだ会社経営者の私物。
同年11月、バリ島自動車暴走事件で死んだIT起業家の私物。
2005年3月、ダラスの強盗事件で射殺された、銀行頭取の私物。
同年8月、ブダペストの花火工場火災で死んだ経営者の私物。
同年9月、マニラのホテル火災で死んだ会社社長の私物。
これ以外にも5件。ウラジオストクから南アフリカまで、広範囲に渡る」
4人とも言葉を失った。
被害が、あまりにも大きすぎる。
「こんなにも…ですか?」とメイコ
「これは、あくまで、事件性が疑われ、一般の犯罪課に持ち込まれた事例だけだ。事件や自然災害までは分からないが、調べれば世界規模で、もっと出てくるだろうよ」
「信じられない…」
「いや、信じられないのは、この瓶を持って死んだ、全ての被害者が、死ぬ前の経歴が気持ち悪いほどに共通していたのさ」
マリサの話に、あやめとリオが耳を疑った。
「えっ?」
「少し話を戻そう。
ロンドンの事故で死んだ、ロイスに関して家族や親友から、面白い話を聞けたんだ。
それによると、彼の事務所は元々ロンドン郊外にあって、仕事も数件程、経営もかなり困窮していたそうだ。
だが、1年前、彼の会計事務所はみるみるうちに顧客が増えて潤いだし、その手腕が買われ始め、半月後にはシティの一等地に、事務所を構え、今に至るということだ。
ヤードが事件性を疑って、これも調べたけど、前歴も経営状態もホワイト」
「つまり、いままでに挙げた被害者も――」
マリサは頷く。
「ご名答さ、リオ。
韓国の事故の被害者も、火の車だった会社が、半年前、急に軌道に乗りだし、周囲は驚き半分疑い半分だったと、韓国警察から報告を受けた。
他の被害者も、追える限りの経歴を調べたが、ドンピシャさ。
全員、生活が困窮するほど、ひっ迫していた人生が、どういうカラクリか、青天の霹靂と言わんばかりのサクセス・ストーリーを打ち込み、そして――」
「ナゾの死を遂げた」
エリスの言葉に、マリサは頷いたが
「ちょっと、待ってください。この事件にケサランパサランが関わっているとして、つまりは、この瓶を使って、妖怪を人間に与えていた第三者がいることになりますよね?
つまり、今回の任務って…」
「そう。でも、その前に」
体をくるっと反転させ、デスクに座るエリスを、マリサは見下ろした。
「この得体のしれない怪物を追っている、もう一つの勢力、これについて話して頂戴な」
「えっ!?」
あやめは声を上げるも、エリスはただ静か。
口を開くも
「オプラみたいに、知的で上品な切り方をすると思った、私がバカだったわ」
「悪いわね。オプラよりスターンなの、私」
「性欲の塊め」
そんな捨て台詞、否、元ネタを知らずか、あやめはエリスに問う。
というより、何故ロシア生まれの彼女が、アメリカのテレビショーに精通しているのか疑問ではあるが、主旨とは関係ないので触れないこととしよう。
「バチカンが動いているの? エリスちゃん」
頷きは、あやめだけではなく、リオも、メイコの表情すら曇らせる。
「ローマにいるカトリックの協力筋から、情報が入ったのよ。
最近、パチュリーが怪しい動きを見せているって」
「まさか、牡牛部隊」
「いや。動いているのは、初期調査のみを主体とする第二部隊。牡牛じゃない。
調べてるのは、韓国の飛行機事故。ソウルの本部教会に、まだ数名がとどまって、動き続けているらしい」
しかし、あやめは言う。
「でも、それだけでは、バチカンが関わっているって、断言できないんじゃ」
「おしろい、よ」
「え?」
エリスは言う。
「第二部隊からこぼれてきた情報だと、死亡したキムは、事故のあった飛行機に乗る直前、空港の免税店で、おしろいを買い求めていたことが分かってる。
彼には妻も、交際中の女性もなく、お洒落のために使うのは、ディオールの香水のみ。
にも拘わらず、焼けた旅客機から回収された手荷物から、おしろいの類は発見されなかった」
「ってことは…」
「そのおしろいが、ケサランパサランに使用された可能性は大いにある。でも、パチュリーが、おしろいの種類を特定したか否か、この瓶に付着しているものと同じかどうかまでは、こっちでも分からなかったよ」
だが。
「エリス」
刹那。
「何故、黙ってた」
リオが鋭い視線をエリスに向けた。
身内への敵意を添えて。
「私たちは仲間だろ? 理由は違えど、同じ目的向かって走ってるはずだ。
なのに…どうして裏切にも見えるような行動をした?
連中が動いていると知りながら、どうして黙ってたんだ?
お前がバチカンの、パチュリーのメンバーだったからか?」
言葉の刃物を向けられた彼女は、変わらずに淡々と
「証拠がなかったからよ。確たるものがね。
パチュリーが動いているとは言うけど、第二部隊と言えば時折、捨て駒としてもつかわれる末端の連中。どこまで本気で動いているか分からないし。
そんな生焼きのミールで、貴方達を壊したくなかったのよ。いろんな意味で」
「生焼き…ねぇ」
「懐古主義に生きるほど、私は老いちゃいないわよ」
それに。
前置きをカフェオレに混ぜて、流し込みながら、彼女はリオを見返した。
「ケサランパサランを、アヤの次によーく知るってるのは、この中でリオ、あなただけじゃなくて?」
「…っ!」
「FBIも調べていたはずよ。ケサランパサランが関わった事件を!」
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