8 小さな邂逅…ミッション!

 太陽の日差しのまぶしさは健在で、地中海性気候特有の、ぎらついた暑さがたたきつける、翌日早朝。

 

 リスボン市内を、国際空港に向けて走る、角ばったオールドクーペ。

 白い車体に真ん丸なヘッドライトが近未来的な可愛さを見せつけるが、どこか欧州車とは違うオリエントな艶やかさ。

 70年代のルノーやオペルを連想させるが、こいつは東洋からの刺客。


 大型車両を数多く手掛ける日本の自動車会社 日野が作った唯一の大衆車。

 コンテッサが、メイコの愛車だ。


 ハンドルを握る彼女の横で、あやめが眠っている。

 いや、ただ目をつぶり、窓ガラスに頭を置いて…の方が正しいか。

 石畳の道路を、出しすぎではないかと思えるほどのスピードで走り抜けるが、並走する車も同じくらいだ。

 町の景色が、流されていく。

 それでも、彼女の反応は無に等しい。

 

 左横を追い抜いていくタクシーの音を聞きながら、あやめは昨日の、事務所の出来事を振り返っていた。


 ◆


 「OK、わかったよ」


 互いににらみ合っていた2人は、リオの挙げた両手で幕を閉じた。


 「確かに、過去FBIは、ケサランパサランに関する事件を扱ってる。

  当時、世界中で大々的に報道された事件だからね…だけど、こいつは全ての事象が集まってからだ」

 「慎重なことで…」

 「その言葉、そっくり返すよ」


 リオの返しに、エリスは肩を沈めて返すと、マリサの方を見た。


 「前置きはこれくらいにして、そろそろ話してくれる?

  マリサ・アドミラル。

  私たち、ノクターンへの依頼内容を」


 そう言われ、マリサは自らのデスクに腰を掛けた。

 少しだけ浮きだった足を、ぶらつかせながら。


 「今回の依頼は、ただ一つ。

  ケサランパサランの出所と、一連の事件の容疑者、これを見つけ出してほしい。

  事件現場に落ちていたおしろい入りの瓶と、被害者が言い残したケサランパサランの言葉。一つ二つなら、単なる偶然と片付けられるが、ここまでのケースがあれば、それは最早、必然。

  ただし、上層部を説得できるだけの証拠が確保できれば、容疑者の生死は問わない」

 「過激なことで…」


 あやめが言うと


 「我々はインターポール。ただの手配師だ。

  どっかの国の検察に、首を持っていくことは仕事には入ってないし、第一、バケモノや魔法の類が、小説の世界のもんじゃないなんて、一般市民殿は知らないわけだから、立件すらできやしない。

  だから、犯人が死のうが生きてようが、どうでもいい」


  ああ。

  思い出したように、マリサは相槌を打って、こう続けた。



 「根源やら、バチカンやら、理論云々も、私には関係ないから、そっちで勝手にしてくれ。

  だが、更なる被害者が出ることは、怪奇事件を保管する我々としては、好ましくはない。

  世界中の警察が、アベンジャーズのように仲良しこよしの、正義のヒーローって訳じゃないからな。

  この依頼に際して、執行委員会のコーマン総裁にも承認を得てきた。

  報酬は米ドルで15万、全額ICPOの全体予算から支払われる。

  やってくれるな?」



 その言葉に、エリスは鼻で笑い、部屋のスイッチを入れる。

 自動的にスクリーンがせりあがり、照明が点灯、カーテンも開かれる。



  「とにかく、これは私たち専門の怪奇事件。解決できるのは、私たちだけ。

   ノクターンは、人知を超えた事件を追い、それを解決する専門家。

   依頼主は誰だろうと拒まない。

   それに、ここにいるみんなの目的、利害は共通している。

   世界中の怪奇事件を暴き、誰よりも先に老害の遺した、馬鹿げた“根源”を見つけるること。

   日本の妖怪が絡んでるってことは、怪奇事件の何よりの証拠。

   介入しない理由なんて、探しても見当たらないわ」



 すると、リオはおどけるように。


 「エリス所長。この奇々怪々を追うのは私も賛成だけど、私たちの飯のタネである、本来の探偵業務はどうするさね?

  まだ、ホムスさんとこの不倫調査、終わってないだろ」


 確かに、そこは痛い。

 ノクターン探偵事務所、と言うだけあった表向きは本当の探偵事務所であるからだ。

 といっても追いかけるのは、不倫や探し物、尋ね人と、ごく普通の探偵とさほど変わらない。

 でも、そいつが飯のタネであることは無視できないし、信頼第一の業界にとって、依頼の遂行はおまんまの質に直結する。


 だが、エリスはあっけらかんと


 「ああ、あれ? 別にいいわよ」

 「はあ?」

 「あそこの旦那さん、神経質でね、3日間調査したけど、奥さん、タップダンス教室に通ってるだけだった」

 「そんだけ?」

 「そんだけ。報告書は今日中に作って、彼に送るわ」


 リオはうなだれ、「もう、いいですよ」と言わんばかりに右手を振り払うと、エリスの顔は、再びキッと裏モード。


 「今回はケサランパサランと言うことだけど、物的証拠は瓶とおしろい。

  被害者の言葉も状況証拠に過ぎないし、黒幕が誰かも検討が付いていない」


 「確かに、全てが揃っているようで、そうでない」とあやめ


 「…今は情報を集めよう。

  リオはロンドンに飛んで、事故の再度検証を。

  直近の事件だ。何か具体的なことがわかるかもしれない」


 すると、マリサが立ち上がった。


 「私も付き合おう」

 「はあ?」

 「探偵だけじゃあ、説得力に欠ける。

  私の肩書を使え。そうすれば、物事が万事進む」


 不服そうに顔をゆがませるが、至極適切な判断。

 リオはしぶしぶ、マリサの言葉を呑んだ。


 「あやめは日本に飛んでほしい。

  飛行機事故で死んだ被害者の足取りだ。そいつをたどれば、何か見えてくるかもしれない。

  できるかい?」


 いやに重い返しに、あやめはゆっくりと頷く。


 「メイコは、ここに残ってケサランパサランに関する、突っ込んだ情報を集めてくれ。

  とにかく、今は黒幕に近づくためのピースが欲しい」


 「オーライ」

 「わかりました」

 「オッケーです、エリスさん」


 全員が了承したのを見受けて、エリスはあやめの方を向いた。

 

 「酷なのはわかるよ、アヤ。それでも――」

 「心配しないで、エリス。私、タフだから。

  だって…私はもう“死んでる”存在よ?

  連中は私のこと、気にも留めないはずだから」


 どこか遠い目をして、窓の外を見るあやめ。

 やんわりとした口調が、どこか悲しい。

 それに…。あやめは加えて、エリスに言った。


 「あぶないのはエリスの方でしょ?

  カトリックは日本に3つの支部を持ってるけど、その中でも、長崎は、東京の本部以上の規模と力を持ってるし、なにより地理的に、福岡に最も近い。

  あなたが行けば、戦争になる危険もあるし、いくら元エリートのエリスだって、1人じゃ傷を負うだけ」

 「ありがとう」


 あやめの頷きが優しく、今の時間へとフェードアウトして――


 ◆


 「あやめ?」

 「ん?」


 ハンドルを握るメイコが、我に返ったあやめに質問した。

 空港まで残り少し。

 車の量が多くなってきた。


 「昨日の日本行きの話なんですけど」

 「うん」

 「あやめが日本に戻ると、都合が悪いのは、私もに巻き込まれたから、理解できるんですけど…エリスさんが、日本に行けない理由が、イマイチよくわからないんですよ。

  あの人は、もともとバチカンの人間でしょ?

  バチカンと陰陽師が仲悪いってのは、まあ分かるんですけど、彼女だけ敵視されるなんてこと、ありえないですよ……まさか、自意識過剰ってやつですか?」


 すると、あやめは息を吐いていった。


 「メイコが私たちと合流したのは、半年前ぐらいだもんね…知らないのも仕方ないか。

  エリスがバチカン、正確に言うなら法王庁の職員だったのは知ってるわよね?」

 「確か、エクソシストの資格も持っていたんでしたよね?」


 質問を質問で返したメイコ。

 だが、双方の質問とも、答えはイエスだ。

 カトリックにおいて、悪魔祓師は教皇からの正式な任命が無ければ、なることができない役職だからだ。


 「そう。でもね…彼女が就いていたのは、タイプライターを弾くような、ありきたりの役割じゃなかった」

 「じゃあ、何です?」


 あやめは、言った。


 「法王庁極秘諜報作戦機関……通称、パチュリーと呼ばれる諜報機関の構成員。

  つまり、エリスは、バチカンのスパイだったのよ」

 「スパイ!?」

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