6 小さな邂逅…ケサランパサラン
ケサランパサラン――
それは、日本の民間伝承に登場する未確認生命体。つまりは妖怪である。
外観は白い毛玉のようなもので、空中をふわふわと浮遊し、その一個体ずつが妖気を持つとされている。
独特な名前の由来としては諸説あり、スペイン語の「ケセラセラ」や、梵語の「
日本では、第二次大戦後の、いわゆる高度経済成長期ごろから、徐々に知名度が上がっていったが、それ以前の文献をたどると、この妖怪が江戸時代より出現していることが分かる。
だが、時代は違えど、ケサランパサランに関する情報は、どの文献を漁ろうと、外見以外でも一致している。
穴の開いた通気のよい容器の中で飼育できること。
おしろいを与えることで増殖すること。
そして何より重要なのが
「ケサランパサランには、持ち主に幸運を呼び寄せる力がある」
ということだ。
ただし、見聞の中には、1年に2回以上ケサランパサランの姿を見たり、他者にソレを持っていることを知らせると、効果が消えてしまうとするものもある。
他の妖怪や都市伝説と通ずる所だが、人の数だけ数多の言い伝えがあるのは、致し方ない事実。
しかし、そんな生物が存在するのだろうか。
するとして、正体は一体 ――。
近現代に入ってからも、日本国内でケサランパサランを見たという者や、捕獲したという話は後を絶たない。
もっとも有名なものは、兵庫県姫路市のケースだろう。
世界遺産 姫路城付近にある姫路市立動物園には、ケサランパサランとされる生物が木箱を用いたケースの中で飼育、展示されており、その説明書きには最後、「ケサランパサランの正体は、
確かに、現在ケサランパサランの正体において一番有力視されているのが、この動物由来 ―捕食生物の毛玉ではないか、とするものである。
生物学的に「ペレット」と呼ばれるそれは、鳥類が捕食した生物のうち、外骨格、骨、羽毛、歯など、自身の体内機能では消化しきれない部位が、塊として吐き出されたものだ。
排泄物とは異なるものとして捉えられている。
ケサランパサランは、タカやフクロウといった肉食の鳥類が、羽毛を持つ動物を捕食した際に吐き戻したペレットの一種でないかとするのが、この動物由来説の内容である。
だが、ペレットは大抵、球状のみではなく楕円やクサビ形をしている場合もあり、また、その色は灰、もしくは茶色と、ケサランパサランの外見とは完全に異なった形状をしているのである。
また、端的に言えば鳥の
動物由来以外にも、植物の綿毛ではないかとする「植物由来説」、オーケナイトのような鉱石の石綿ではないかとする「鉱物由来説」などの説がある。いずれにせよ、それぞれの形態は件の妖怪と類似はしているが、ケサランパサランたらしめる確たるものは何もない。
残念ながら、この生物は現代科学が発展した今日でさえ、謎という綿毛に包まれているのだ――。
◆
「…というのが、ケサランパサランに関する基本的な知識よ」
説明を終えると、エリスは向かいにいた、もう1人の少女を見た。
「資料集め、ありがとう。メイコ」
「いえいえ~、探偵社秘書として、お手のもんですよ~」
明るく声を上げた、あやめと同じくらいの、幼さの残る少女。
童顔でオレンジに近い、明るく豊かな髪の毛。
そして笑みと共にこぼれる八重歯が印象的だ。
宮地メイコ。18歳(推定)
ヤマネコ妖怪 ― 平たく言えば猫娘だ。
あやめとは子供のころからの付き合いで、ノクターン事務所では秘書として事務職から、エリスたちの調査手伝いまで幅広い仕事を、そつなくこなす。
彼女もまた、かけがえのない仲間の一員である。
「うん。大抵は理解できた」
リオは、こう前置きを置いてつづける。
「で、その息子とやらは、ケサランパサランとやらは見てるのかい?」
マリサは首を横に振りながら言う。
「いや、見てないさね。
言ったでしょ? その瓶について、誰も知らなかったって。
でも、この事件にケサランパサランが関わっているのは確か、それは言えるわ」
「どうして?」
リオが聞くと、あやめも、メイコも、彼女の方を向いた。
無論、全てを事前に知っていたエリスも
マリサは表情を変えることなく、手持ちのカバンからタブレット端末を取り出し、タップを繰り返しながら話し始めた。
「実は、私の部署に限らず、全ての管轄において、ICPOが保管しているファイルを振り返った結果、3ヶ月前に韓国で起きた飛行機事故でも、ロンドンの事故と同様の瓶が発見されていることが分かったのよ。
すでに米韓合同調査チームによって、事故原因があらかた判明している事故なんだけど。当初、テロの疑いがあるということで、こっちに調査報告書が送られてきたのよ」
ようやく、その手が止まると、マリサはタブレットを差し出し、全員に事故報告書を見せた。
米国航空事故調査委員会の第三報告書で、韓国警察を通じて、リヨンのICPO本部にもたらされたものだという。
「これ、確かニュースでやってましたね」と、カプチーノを口にしながら、あやめは言った。
それは約3ヶ月前。大韓民国、仁川で起きた惨劇――。
現地時間午後2時11分。仁川国際空港に着陸した、福岡発のLCC エアーファン215便が、ターミナルビルに到着後、突然炎上、爆発。
火災が駐機後におきたこと、迅速な避難誘導もあってか、乗員乗客は直ちに脱出し、被害は最小限で抑えられた。
加えて、一連の事故発生状況が、2007年に沖縄・那覇空港で起きた、中華航空機炎上事故と類似していたため、原因解明は早いだろうと思われた。
だが、パニックどころか、飛行機が炎に包まれてもなお、コックピットまで煙が入ってこなかった状況にも関わらず、男性一名が煙と炎に巻かれ死亡していたのだ。
不可解なことに、この死亡原因が、未だに明らかとなっていない。
事故調査委員会は当初、この人物がテロ行為を企て自爆したのではないかと推測。
彼の座席が火元に近いこと、米国のテロ支援国家に指定されている、イランへの入国履歴が確認されたことなどから、旅客機炎上が事件である線が捨てきれない状況となり、韓国警察からICPOへと情報がのぼったのだ。
彼が中東諸国、北朝鮮を含む、何らかの過激派組織と接触していないか、その情報を欲したためである。
「死亡したのは米国系韓国人のキム・アンダーソン。
大韓民国と日本、ベトナムを中心に、輸入食品を取り扱う、卸売メーカーの創業者だ。
無論、彼が国内はもちろん、何らかの過激派組織と接点を持っているといった報告はなかった」
「では、何故その人は亡くなったのでしょうか」
あやめが聞くと
「最終報告書によると、血中のヘモグロビンの濃度から、キムの死因は一酸化炭素中毒であると判明したと記しているわ。恐らく、逃げ遅れた末に煙に巻かれ昏睡、そのまま死に至った。
独自に入手した解剖所見でも、彼の血中濃度は48%。
平均濃度70%という、練炭自殺のソレよりも、パーセンテージは低いが、錯乱や昏睡が引き起こされるには十分すぎる濃度だし、この低濃度こそ、火災による一酸化炭素中毒死の大きな特徴でもあるからな。
そこは、問題ない」
すると、エリスが聞く。
この部分は、なにも聞かされていないらしく
「ということは、被害者の血中濃度以外では、何か問題な事があった…ということですか?」
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