section.1

 小さな影が大きな影を相手に小さな木の刀を突き出す。しかし、大きな影はそれを片手で難なく受け止める。


『スピードはいいんだが、一撃の重さが足りねえな。まずは筋トレだ筋トレ! 』


『クソ! また筋トレかよ……』


 小さな影は嫌そうな顔をするが、それはすぐに何かを閃いたような明るい顔に変わる。


『なあ、師匠。どうしてそんなに師匠は強いんだ? 俺も強くなりてぇ! 』


『……強くなりたいと思っても強くならねーんだよな。ミーク、なんで強くなりたいのか、それが俺の剣を強くしてるんだ』


『なんで強くなりたいか……、うーん、よくわかんない。そんなことよりももう一回手合わせ願うぜ、師匠! 』


『分かった。だけどこれが終わったら筋トレもやるぞ。何を驚いた顔をしてるんだ。まさかこの俺が話の転換くらいで筋トレを忘れるとでも思ったか?』


『クソ、気づかれていたのかよ……。うおおおおお! 』


 がむしゃらに振り回される木刀とそれを軽々しく躱わしていく大きな影。


 屋敷の中庭を見ると、昔のことを思い出す。あの頃は、師匠もいて、細かいことなんて考えずに生きていた。


 まあ、今となっては懐かしいことだが……。




 俺の名前は、ミーク・ユークナテス。

 一応、大都市ユークナテスの首長の息子っていう肩書きを持っている。

 住んでいる国は、世界の中でも特に栄えているらしい、大帝国カレドニア。らしいっていうのは、文字でしか世界のことを見ていないからだ。

 俺は物心ついたことからずっと、ユークナテス家の屋敷に監禁されている。そのせいで俺は屋敷以外の景色を見たことがない。

 今いる屋敷は、周りが大きく白い壁で覆われていて、周辺がどうやっているのかすら分からない。屋敷から出れる場所は工業街へと続く正門と商業街へと裏門の2つだけ。それはいつも父親が雇った兵が警備している。だから、唯一そこから街の様子が見えても、外に出ることはできない。

 まあ、今の生活が不便なのかって言われたら、そうでもない。毎日出てくる飯は美味いし、屋敷自体もなんだかんだで快適だ。

 でも、俺はこんな生活が嫌なんだ! 毎日同じ場所で何の意味もない生活を送って、やれる事すら限られて、こんなの生きてる意味ないじゃないか!

 両親には18歳になったら、今の俺は16歳になったばかり。あと2年もこんなところにいなければやらないなんて耐えられないし、親の言葉なんて1ミリも信用できない。

 だから、俺はこの屋敷を抜け出す計画を立てた。

 屋敷の構造は2階建てで、1階に中庭があるため、上から見るとドーナツみたいになっている。階段は1つしかなく、俺の部屋は2階の角にあり、階段とは真逆の場所に位置する。

 屋敷の中でなら、俺は自由に動いていいのだが、入り口と出口にはそれぞれ10人もの警備の兵が常時いるため、脱出は困難だと推測できる。

 だが、俺は考えた。屋敷の中で何か問題が起これば、その警備の兵たちは駆けつけてくるはずだと。そして、その隙に一気に警備を突破する。

 簡単な作戦かもしれないが、俺は今まで脱出を試みたことがないため、移動するだけでは屋敷の者にあまり怪しまれていない。


「よし、じゃあやってみるか……。」


 俺は自分の部屋を出て、すぐさま隣にある執事の部屋に入る。

 そこに小振りで屋敷の飾りにするために買われた剣が置いてあることを知っていたため、武器の調達は簡単に完了した事になる。

 次は、何か屋敷の中で問題を起こさなかたはいけないのだが、それは簡単だ。

 俺は執事の部屋を出て、一気に2階の廊下を駆け抜けていくが、幸運な事に誰にも会わない。

 そのまま、一階へと降りて、すぐさま近くにある屋敷の料理場へと向かう。

 調理場はいつも屋敷の者のうちの誰かが料理を作っている。……には持ってこいの場所だ。そこにいる全員をこの剣で殺せばいい。


 だけど、俺が剣を持っている姿は次の瞬間、他の者にバレてしまう。


「ミーク様? どうして剣を持っていらっしゃるのですか?」


 声のする方へ振り向くとそこには何度か会話した事がある侍女がいた。

 少し驚いたが、この計画は気づかれたくらいで破綻したりはしない。


「えっと……見たよね? ごめん、死んでくれ」


 俺はそう言うと、その侍女との距離を一気に詰めて、剣のその胸に突き刺す。


「え?」


 その侍女は何をさせたのか分からない様子だったけど、すぐに胸に突き刺さっているものに気づく。


「きゃ、きゃあああああ! 」


 侍女は大きな声で叫び始める。俺は小さくガッツポーズをして、侍女から剣を抜いた。計画は順調だ。この声に反応して今から兵たちがここに駆けつけるのだから。

 侍女の声を背に、俺はどちらの入り口を選択するかを考える。

 侍女を刺した場所は、どちらかといえば、裏門に近い。つまり、裏門の兵が声に気づいて駆けつけてくるはず。


「きゃあああぁぁぁ…………」


 選択に時間を費やしている暇はない。侍女の声が消える前にどうにか入り口の近くに隠れなくては……。

 俺は悩んだ末、裏門を選択した。そして、誰にも見つかる前に、裏門に一番近い部屋に入り、扉の前で外の様子を見ることにした。

 前の廊下を兵のものであろう足音が複数通り過ぎ、屋敷全体が騒がしくなってきた。

 これは又とないチャンスだ。

 俺は一気に部屋を飛び出し、屋敷の裏門へと向かう。


「る、ルーク様!? 止まってください!」


 裏門にはまだ3人の兵が残っていた。みんな驚き、戸惑っている。


「どうして止まる必要がある? 邪魔するなら、容赦はしない!」

 その隙をつき、俺は持っていた剣で1人の兵の首を切る。


「る、ルーク様!! 何を……」


 すぐさま、隣にいた兵の身体に剣を突き刺し、一気に肩まで切り裂く。

 一気に2人の兵を倒した俺だが、残った1人の兵がその間に剣を抜きはなったことに気づかなかった。


「ルーク様……、いや、ルーク・ユークナテス! 私の仲間を殺した罪、その命で払ってもらう!」


 俺に襲いかかってきた兵は女で、裏門の兵の中で最も強いとされている奴だ。

 飾りだった剣よりも数倍質がいいであろう剣で容赦なく斬撃を放ってくる。


「死ね、死ね、死ね」


 その兵は死ねと何度も繰り返しながら、俺に剣を振る。殺意に満ちたその剣は一撃一撃が重いため、俺は少しずつ追い込まれていく。


「クソ、こんなところで負けるわけには……」


 俺はここで死ぬわけにはいかない。まだ屋敷の外に出たこともないんだ。なのにこんなところで……。

 しかし、俺の意思に関係なく、手に持っていた剣の半分から先が砕け散った。


「これで終わりですね、ルーク様。仲間の分まで苦しみながら死になさい」


 頭に向かって、裁きの剣が振り下ろされる。俺は目をつぶり、それを黙って受け入れようとするが……。


 なぜか、剣は一向に降りてこなかった。


「……何が起こって––––」


 俺はそっと目を開けて、瞬く間に起こったのであろう光景に言葉を失う。


「あなたは一体……」


 目の前に殺そうとした兵の姿はなく、代わりに綺麗な黒髪の女が立っていた。その足元は血で染まっており、少し離れた場所にはさっきまでなかった赤い水たまりが出来ている。

 おそらくあの兵はこの女が殺したのだろう。 つまり、俺を助けたのか……?


「私の本来親からもらうはずの名前は存在しない。だけど、あの人から名前を貰った。私はナナリア・アルティ。ルーク・ユークナテスという人物を助けにきた。あなたを助けたのは、ただの気まぐれ」


「ちょっと待ってくれ! ルーク・ユークナテスは俺だ! 」


 俺が名を伝えた次の瞬間、ナナリアと名乗った女は少しだけ目を見開いた。



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