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朝
年少組には時々いるが四歳になる年中組なのに
紙オムツをしたまま登園して来た事があった。
夏の遠足なのに“子供が好きだから”と牛乳を持たされたりもしていた。
お弁当がコンビニの袋に入ったままのコンビニ弁当だった時もある。
昨日はお風呂に入れてもらえなかったとか
夕飯がポテトチップスだったとか
普通なら笑って見過ごせる子どもの話も
気にはなっていた。
なっていたけど…
どうしていいか
分からなかった。
園の通報なのか
近所の通報なのか
児童相談センターの人が様子を見に来て
洋服で見えないところの怪我を発見。
そして、“疑惑”は虐待に
【決定】されそうになっている。
子どもにきいても
『お母さんはすごく優しいよ。』
と頑なに真実は言わない。
言わない?
いや
真実はわからない。
母親は否定するし
子どもも否定する。
そして
『お母さん大好き』をくりかえす。
真実はわからない
…わからないけど
何かがおかしい。
しばらくして
両親に離婚の話が持ち上がった事を知った。
まわりは母親から子供を引き離そうとしたけれど
母親は裁判を起こしたらしい。
母親はいつも私に
「あの子がいなければ生きていけない!
あの子がいるから私は死なないだけなんだ!
なんで?
どーして、あの子を取り上げようとするの?
先生!お願いします!
あの子を私から奪わないようにみんなに言ってよ!」
何度も何度も
時にはヒステリックに泣きつかれた。
だけど、
母親からは明らかにアルコールの香り…
昼間からお酒?
私は曖昧な言葉しかかけてあげることができなかった…。
先輩先生たちに
『家庭が不安定な時は気をつけてあげてね』
と言われていたある日
「みんなぁ!リンゴの絵を描いてみようね!」
クレヨンや色鉛筆や絵の具をつかって
真っ赤なリンゴを描いていく子どもたちのなかに
さっきまで、可愛らしい小さなリンゴをたしかに描いていたその子が、
必死にクレヨンを動かし画用紙を真っ黒に塗りつぶしている。
正直、焦った。
黒く…
真っ黒に塗りつぶしたその画用紙を、さらに黒くしたいのか
手を止めることなく、汗をかくくらい必死に
クレヨンをこすりつけている。
やっぱり…家庭不和だから?
それとも虐待で心に傷が?
児童心理学の教科書でも
あまり黒く塗りつぶしているのは良い事ではないとあった気がする。
心が不安定な…
それでも…
その子をみると、何やらとても楽しげだった。
なんだか…
ウキウキしているように見えた。
どうしたものか…と悩んでいたら
通りかかった先輩先生に小声で耳打ちされた。
「あれ…まずいんじゃない?
描きなおしさせたほうがいいんじゃない?
一応…展示会用のだしさ…
他の親もみるしね…真っ黒って言うのはさすがにさぁ…」
「ですよね…。」
と答えたが
『描きなおしさせたほうが…』
にちょっと引っかかった。
なんか…うまく言えないけど
違う気がする。
『他の子と同じようにかいてみて』
…なんて言えないし
『リンゴは赤でぬってね』
その声かけは絶対違う!
リンゴは「赤」って決め付けは大人の
ガチガチな頭で言った言葉になってしまう!
先輩先生だから反論はしなかったけど…
従う気にはなれなかった。
私はその子に近づきそばにそっと座って話しかけてみた。
「可愛らしいリンゴ…黒くぬっちゃっていいの?」
「うん!」
嬉しそうな笑顔。
「リンゴ…どこに消えちゃったの?」
「ここにあるよ!」
指さしたところは、かろうじて赤い色が所々に潰れて混ざり合った黒だった。
「リンゴ…黒い下なの?」
「違うよ?
カバンの中なの。
カバンのなかは暗いでしょ?
リンゴはママにあげたいから持って帰るの!!」
あ…そーか…
そーなんだ…
【ママにあげたい】
専門家がなんて言うかわかんない。
ベテランはなんて言うかわかんない。
でもいいじゃない?それでいいじゃない?
そう思ってしまった。
「素敵な絵だね!題名をつけてママにプレゼントしようね!」
真っ黒な絵の下に
【カバンの中のリンゴ~ママにプレゼント~】
と題名をつけて教室に貼った。
お母さんに伝わりますように…
喜んでくれますように…
と願いをこめて。
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