第18ワン シニアバンド襲来です

スタジオは混乱に包まれていた。当選確実が出た候補者の名前がジョンというあまりに日本人離れした名前であった上に出てきた顔写真が栗色の毛に覆われていて鼻の長さが人間離れしていて、どちらかというとっというより完全に犬であったのだから当然である。

部屋の隅に置いてある古風な古い黒電話が自分の存在を主張し始めた。

「はい、ジョン選挙事務所」

マサルが受話器を取ると疲れを興奮で無理やり忘れている、わかりやすくいうととってもハイな声で電話の向こうの相手はまくし立てた。

「よかった、繋がった。はい、私、東阪テレビの三浦と申します。あの、ジョン候補にコメントをいただきたいのですがよろしいでしょうか?あっ、当選おめでとうございます」

「ジョン、話を聞きたいんだって。そうだな、今どんな気分か言うといいよ」

マサルはしゃがんで受話器を足元まで来ていたジョンの高さまで下げた。

「ワン!ワン!(眠かったけどね、なんかよくわからないけどマサルとカナエさんが喜んでる。早く高級ドッグフードが食べたい)」

「え?」

突然聞こえてきた犬の鳴き声に電話の向こうの三浦さんは戸惑っていた。

「ジョンもこういってますんで、切りますね」

マサルは受話器を置いて高級ペットフードを取りに行った。

「ワン!(ところで当選確実って何?)」

「当選したってことだよ」

「ワン!(でもまだ開票されてないんでしょう?)」

ここ数週間でジョンは随分と専門用語を使いこなすようになっていた。

「このタイミングで出てくる当選確実は出口調査っていう調査をもとに出されるんだ。投票所の出口でいろんな人に『誰に投票しましたか?』って聞いて誰が当選するかを当てるんだ」

「マサルさん詳しいですね」

横からカナエさんが入ってくる。

「なんで拗ねてるんですか?」

カナエさんの声はまるで出番を取られて不貞腐れているように聞こえた。実際、マサルはジョンの言葉を訳すのをめんどくさがって自分で解説したのだが。

カナエさんは挽回とばかりに補足説明を始めようとしたが、その思惑は事務所の外で鳴り始めたブラスバンドの演奏で打ち消された。近所迷惑である。

ブラスバンドの正体はトメコさん率いる老人会主催のカルチャースクール「シニアバンド5RIN10」であった。この平均年齢78歳のシニアバンド、実は全国大会優勝を果たし、全国ツアーを開催した強者らしい。

「トメコさん!どういうことですか?」

ブラスバンドの先頭でバトンを振るトメコさんにマサルが声を掛けると、トメコさんは鋭くバトンを振って、それが合図だったのか演奏がピタッと止まった。

トメコさんは、控えめな色彩ながらよく見ると精緻な飾りが施してあるチア服を着ておりとても若々しく見えた。

「ジョン議員の当選祝いと激励に参りました」

トメコさんはいつもと同じ優しい声でそう言ったが、塩梅連候補から聞いたクーデター鎮圧の話を聞いた後では、その声すらどこか恐ろしいもののように感じた。

「ジョン!出ておいで」

マサルが呼ぶと、玄関の陰で様子を伺っていたらしいジョンが飛び出してきた。

トメコさんはジョンに近づくと、片膝をついて(膝痛めないかな?)ジョンに語り始めた。

「ジョンさん。当選おめでとうございます。これで貴方も国会議員の一員です。私、トメコからは僭越ながらエールを差し上げたいと思います。

議員はスタートです。より高みを目指してください」

トメコさんが立ち上がると、シニアバンドは再び荘厳な音楽を奏でながら去っていった。

何度でもいう。近所迷惑である。今は夜なのである。

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