第16ワン 中位投票者定理です(政治学回)

塩梅連候補が応援に回ってくれてからというもの、ジョンとマサル、そしてカナエさんは多忙を極めていた。ある日は老人ホーム(統合リゾート施設)を訪問して公職選挙法はどこに行った?と思わず聞きたくなるような大歓迎を受けた。ジョンには大量のドッグフードが献呈されてジョンは大満足であった。

今までジョンは散歩コースでしか選挙活動ができなかったが、今まで塩梅連候補が使っていた街宣車を貸してもらえたり、老人ホーム(大型商業施設)の送迎バスのルートを変えてもらって運んでもらうなどの手段を駆使して選挙区を縦横無断に駆け回って活動をすることができた。

そしてついに運命の日。

「ワン!(あの服着たいよ)」

「いいですか?今日は投票日なのでタスキをつけて外に出たり、投票を呼びかけたりする行為は公職選挙法違反になります」

ジョンが選挙活動用のタスキがついた服を加えてやってくると、カナエさんがそう説明した。状況的に予測は可能とはいえ、最近カナエさんはジョンの言っていることを理解しているのでは無いかというほど正しい解釈をすることが多々ある。

「カナエさんは投票は済ませてきたの?」

「はい、私は期日前投票で済ませてきました」

マサルも期日前投票を済ませていたので、この日は夜の開票まで事務所でまったりしようという話になった。念には念を入れて散歩はお休みと言われたジョンはやや不機嫌そうだったが、理解してくれた。

「ワン!(この前選挙の仕組みについて教えてくれたよね?)」

「そうだね、あれは勉強になった」

マサルとジョンは選挙戦序盤でカナエさんに選挙の仕組みについて詳しく教わっていたのである。

「ワン!(それでさ、疑問に思ったんだけど、みんななんで選挙に行くの?清き一票って言っても数万人が入れる一票のうちの一つでしょ?)」

「なるほど、確かに不思議だ。義務だって言ったら身も蓋もないよね。と、いうわけでカナエさん教えてください」

そう言ってマサルはカナエさんに頭を下げた。

「えっ?どういうことですか?何を教えればいいのでしょう?彼氏はいませんよ?」

カナエさんはなぜか顔を真っ赤にして言った。

「やっぱりまだジョンの言葉はわかりませんか。わかりました。ジョンがなんで選挙に行く必要があるのかわからない、と言っているんです」

「ああ、なるほど」

カナエさんはほんのすこし頰を膨らませて、しぼませて、説明を始めた。

「よくある疑問ですね。確かに多くの有権者が投じる票の中で自分の一票が役に立つのか疑問に思うこともあると思います。この答えはメディアンボーダー定理という法則で説明できるのです。中位投票者定理ともいいます。

まず、候補者は全員当選したいです。そして当選するためには、有権者の多くが望む政策を主張する必要があります。ここまではいいですね?

その結果何が起きるかというと、各候補の政策が似通ってきてしまうのです。この結果、有権者は自分が誰に票しても無難な結果になると考えて投票に行かなくなってしまいます」

ジョンとマサルは頷いた。

「ワン!(たしかに、そんな感じはする)」

「先ほどの状況から推測可能なように、真っ先に投票に行かなくなるのはより無難な政策を望む、中央値に位置する有権者です。図でかいてみましょう」

カナエさんは机の上に置いてあったメモ用紙に山のような線をかいて、ちょうど山のてっぺんを通るように線を引いた。

「正規分布ですね」

マサルの指摘にカナエさんは頷いて説明を続けた。

「これが全員投票した時の政策傾向です。この時、各候補の政策はこの線に近くなります」

カナエさんは自分の書いた正規分布の図の山のてっぺんらへんを噴火口のカルデラのように凹ませる線を書いた。

「中央値に位置する有権者が投票をしなかった場合、こうなります。つまり、投票のために必要な政策立ち位置がずれてしまうのです。より過激な意見が選挙で反映されやすくなるとも言えます」

「なるほど、つまり平均的な意見を持った人は投票に行かないと議員の考え方が偏ってしまって、やや平均とずれた考え方をする人は自分の意見を反映させるチャンスということか。わかったか?ジョン。ジョン?」

いつのまにか消えていたジョンをマサルが探すと、机の下から「スースー」という音が聞こえてきた。

カナエさんと二人で机の下を覗くと、そこではジョンが気持ちよさそうに寝ていた。

「そっとしておきましょう、ここ1週間くらい無理をさせてしまったかもしれません」

「そうですね」

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