第12ワン 秘密がばれちゃいました

「ワン! (あっちの広場で何かやってるよ!)」

駆け戻ってきたジョンが興奮しながらそう言ってきた。

「どんなことだ?」

「ワン!(なんか人が集まってる)」

「行ってみますか?」

カナエさんも乗り気な様子だったのでマサルとしては特に反対する理由もなく2人と1匹で様子を見に行くことにした。その際に、人がいるところに行くということで事務所から用意してきたジョンの選挙活動用の服を着用することにした。


ジョンが着替えて、人が集まっている広場に行くと人が集まっている理由がすぐにわかった。

「岡崎候補ですね」

カナエさんがそう言ったように、そこにあったのは沢山ののぼりと襷を掛けた岡崎候補、そして岡崎候補の演説を聞くために集まった人たちがいた。

「せっかくだし聞いて行くか?」

「ワン!(あの人誰?)」

そういえばジョンは岡崎候補に会うのは初めてであったな、とマサルは思った。

「岡崎候補はジョンが国会議員になるために勝たなきゃいけない人だよ」

「ワン!(挨拶に行きたい!)」

「う〜ん、大丈夫かな? どう思うカナエさん、カナエさん?」

カナエさんはジョンとマサルとは離れた場所で同い年くらいの、とはいっても雰囲気からは年の離れた姉妹のような空気を感じる女性と話していた。もちろんカナエさんが妹である。

カナエさんはマサルたちが見ていること気づくと、お姉さん(仮)を引っ張って戻ってきた。

「紹介します、こちら岡崎候補の秘書の明美ちゃんです!」

「猫川明美と申します」

猫川さんは、ザ・キャリアウーマンといった風貌の女性であった。

「こちらがジョンです、この選挙に立候補しています」

「ワン!(よろしくね)」

猫川さんはジョンをちらっと見るとマサルに向き直って言った。

「せっかくですのでこの後うちの岡崎に会っていきませんか? 岡崎も喜ぶと思います」

「ワン!(会いたい!)」

ジョンはそう言うとマサルの制止を振り切って走り出した。

「こら! ジョン!」

ジョンはそのまま演説が行われている演台に乱入した。

「すいません、いつもはもっとおとなしいのですが」

マサルはとりあえず猫川さんに謝ったが、猫川さんは元々落ち着いていると言うのでは説明できないほど落ち着いていた。

「いいですよ、予定とは違いますが踏み絵みたいなものですから」

「踏み絵?」

そう言っている間に、ジョンは演台に登って岡崎候補に向かって盛んに吠えていた。マサルは岡崎候補が怒るのが怖くて目を伏せていたが、カナエさんの声が聞こえてきた。

「岡崎候補って犬好きなんですか?」

猫川さんが冷めた声で応じた。

「そのようですね、奥様に連絡しなくては」

マサルが恐る恐る顔を上げると、岡崎候補は盛んにジョンとじゃれ会っていた。その顔は今までのどんな選挙ポスターでも見たことがない見事な笑顔であった。そして今まで演説を聞いていた支援者や選挙事務所のスタッフは遠巻きに岡崎候補とジョンを眺めている。

「あの、猫川さん? これはどう言う状況なのでしょうか?」

「私たち岡崎陣営は全員猫派です、そして猫を愛している岡崎候補の奥様に忠誠を誓っております。岡崎候補には以前より隠れ犬派疑惑がありましたがこれではっきりしました。今奥様に連絡致しましたのですぐに”解決”します」

「解決って単語にすごい不穏な響きがあったのは気のせいですか?」


後日、岡崎候補は全国の猫を愛する支援者に対し謝罪を行いその後公の場に姿を表すことは無かった。

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