第11ワン カナエさんは悩んでいます

「早速ですが、ジョン候補の新しい動画で使う動画を撮りたいんですけどいいですか? 次の動画にはジョン候補の公約をいくつか載せたいです」

カナエさんの主張に反対する理由はジョンにもマサルにもなかったので、今日は動画作りをしようと言う話になった。

「ワン!(動画を作るのはいいけど外でやりたい!)」

「そういえば今日はまだ散歩してなかったな。というわけで外で動画撮ったりできますか?」

「どういうわけかよくわかりませんができますよ?」

マサルはカナエさんが理解をしていない顔をしていることに気づき、ジョンを人間同等に扱ってくれていてもカナエさんはジョンと会話をできないことをわすれていた自分に気づいた。

そういうわけでジョン、マサル、カナエさんの2人と1匹は近所の公園に行くことにした、カナエさんが遊具の色彩が良くて動画の素材として最適であると推したのである。

「ワン!(カナエさん、ダイガクインってなに?)」

公園に向かうとちゅう、ジョンがカナエさんに話しかけた。カナエさんはジョンが何を言っているのかわからないのでマサルが通訳をする。

「ジョンが、カナエさんが大学院がなんなのか知りたいそうですよ」

そうカナエさんに伝えると、カナエさんは一瞬立ち止まって、そして答えた。

「難しいですね、学校の一種ではあるのですが、勉強するというより研究すると言ったほうが適切かもしれません。誰も知らないことを調べる練習をする場所とでも言っておきましょうか」

「ワン!(カナエさんカッコいい! カナエさんはどんなことをやっていたの?)」

「カナエさんはどんなことをしていたのか知りたいそうです、これは僕も気になります」

「素粒子理論っていうのは、この世界を構成する物質は全て原子であることはご存知と思いますが、素粒子理論はさらにその原子を陽子と中性子にわけ、陽子中性子をさらに分割して行きます、私が論文のテーマに使った超弦理論はその素粒子は実はひもの振動の違いに起因しているという理論で、この理論に従えばこの世界は11次元であるこのになったりするんです」

「すいません、途中からわかりませんでした……」

見るとジョンも蝶々を追いかけ回していた。

「すいません、私物理の話になるとつい周りが見えなくなってしまって」

「大丈夫ですよ、好きなことを語るときに夢中になってしまうのは健全なことです」


そこからはジョンは注意深く質問を選びながらカナエさんを質問責めにしていた。話が理解できないところ飛ぶのを防ぐためにYESかNOで答えられる質問が多用されたため、通訳に徹していたマサルは「尋問みたいだな」と思った。

しばらく、和やかな時間が流れていたが、マサルは予期可能であったリスクを見落としていた。

「マサルさ〜ん、おはようございます!」

町内会長を務め、現職の国会議員の妻でもある岡崎智子さんであった。面倒見が良く、とても良い人なのであるが少し過干渉なところがあるのと、根っからの猫党であり猫の臭いが染みついているのでジョンが嫌がるところが少し残念である。

「おはようございます、智子さん」

「ジョンくんも元気? 」

「ワン!(猫の匂いがする!)」

ジョンはマサルの後ろに隠れてしまった。

「マサルさん、ちょっと聞いてよ、うちの主人ね……」

いつも通り長い世間話が始まると覚悟していたマサルは途中で止んだトークに拍子抜けしてしまった。少し安心しつつ口を開けたまま黙った智子さんの視線の先を見て背筋が凍った。

「マサルさん!この人誰? 恋人?それともまさか奥さん! なんで結婚式に呼んでくれなかったのよ! 別に責めてるわけじゃないのよ、あなたも30近くになって独り身なもんだから心配してたんだから、そうだお祝いを用意しなくちゃね」

「ちょっと待ってください、カナエさんは仕事関係です、別に結婚とかそういうのじゃありません」

マサルは話し続けようとする智子さんを制止するとカナエさんの腕を引いて逃げるように智子さんの前から離れた、ジョンはマサルにぴったりとくっついている。

目的地の公園に着くと、マサルは追っ手がいないことを確認して一息ついた。

「本当にすいません、迷惑でしたよね。どうしたんですか? 」

カナエさんが固まっているのを不審がってマサルが尋ねるとジョンが代わりに答えた。

「ワン!(マサル、手を掴んだままだよ)」

「ごめんなさい、別に変な意味はなく、えっと……」

マサルは慌ててカナエさんの手を離したが、よく見たらカナエさんの表情は恥ずかしがっているというより、呆然としているように見えた。

「結婚……」

ボソッとそう呟いたカナエさんはその場で座り込むとジョンと目線を合わせた。

「私、家族から婚期逃しそうって言われてるんです……、友達はもうみんな結婚してるしなんか取り残された感があって……」

「ワン!(人間も大変なんだね、僕も毎日限られた散歩コースをいかに刺激的にするのかで悩んでるよ)」

「悪かったな、散歩のバリエーションが少なくて」

「散歩?」

ジョンに話しかけた内容にカナエさんが反応してしまい、マサルは弁明を余儀なくされた。

「散歩はジョンに言ったんですよ、まあ今のご時世結婚しないって選択肢もあるわけですし、そんなになやまなくてもいいんじゃないですか?」

マサルがカナエさんに話しかけていると、ジョンは勝手に公園を走り回り始めた。道路に飛び出したりしないかマサルは少し心配だった。

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