第10ワン カナエさんはすごいです

翌日、西野元記者はワインレッドのセーターとジーパンというおとなしい装いでジョンの事務所に姿を現した。その姿を見たマサルはホッとしたが、本人が「大人の装い」であることを執拗に主張したのでそのおとなし目の服装でさえ子供っぽい服装に見えてきてしまっていた。そもそも、西野元記者の背格好ではたとえスーツを着ていても子供がコスプレしているようにしか見えないのではないかと思えてくる。

「なんであの時はまともな記者に見えたんだろう」

マサルはそんなことを考えていた。

「ワン!(今日は何をするの)」

ジョンは西野元記者の服装には興味を示さず今日の活動について聞いていた。

「そういえば、動画のサンプルを作って来ました」

そう言って西野元記者はカバンをゴソゴソと漁り始めた。

「そういえば昨日ジョンの動画をいくつか撮ってたね」

そう言いながらマサルはスリルを味わっていた。

「ワン!(なんかすごい面白い動画になってそう)」

マサルにはジョンが皮肉を言っているのか賞賛しているのか分からなかったがマサルの気持ちも同様であった。

「あった、パソコン化してもらってもいいですか?」

そう言って西野元記者が取り出したのはUSBであった。

「どうぞ、そこのを使ってください」


西野元記者が作った動画を視聴し終わった後、しばらく沈黙が流れた。

「ワン!(すごいよ! カナエさんって呼んでもいい?)」

普段の3割増しの可愛さと格好良さに加工された自らの動画を見たジョンが盛んに吠えて喜びを表現していた。

「これを1日で作ったんですか?」

マサルは西野元記者のおっちょこちょいというイメージを改めることにした。

「はい、昨日帰ってから。こんな感じで政策を発信する動画を作ろうと思っているのですが、どうですか?」

「すごいですよ! これからカナエさんって呼んでもいいですか?」

「褒めてもらえて嬉しいです、大学院の副専攻で映像メディアの研究をしてたんです」

「カナエさんって大学院行ってたんですか?」

「はい、理学博士を持ってます、素粒子理論専攻で博士論文では超弦理論について書きました」

「……」

「ワン!(どうしたの? ダイガクインって何?)」

俯いているマサルにジョンが話しかける。カナエさんは首を傾げている。

「ごめん、ちょっとイメージとのギャップが激しすぎた、もう大丈夫」

高校生の時に大学の物理の教科書を見て法学部に進むことを決意したマサルにとって理学博士とはまさに未知の存在であった。

「まあ、とにかく動画作成とかは任せるよ、ジョンと話す時は声かけてくれたら通訳するから。そうだ、せっかくだし肩書きを決めよう」

「ワン!(肩書き? 僕も欲しい!)」

「ジョンは候補者だよ、当選したら議員になる」

「ワン!(ジョン候補者? かっこいい! )」

「カナエさんは、広報担当責任者……、と選挙対策上級顧問……?と選挙事務所運営補佐?ほかになんかいる? 必要に応じて付け加えればいいかな?」

カナエさんはというと、マサルが肩書きを言うごとに首を左右に傾けていた。

「私、ジョン候補のドックフード調達係をやりたいです!」

「ワン?(僕はドックフードにはうるさいよ!)」

「え?なんで?というかジョンも乗り気なの?」

マサルが困惑していると、カナエさんはその日1番の笑顔でこう言った。

「私、お店でドックフードを見るのが大好きなんです! 今すごいたくさん種類あるじゃないですか、最高のドックフードを見つけたいんです!」

マサルは、その笑顔は反則だ、と思った。ジョンの上目遣いといい、カナエさんの笑顔といいマサルはどうも甘いところがあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る