第9ワン 対立候補には秘密がありました

岡崎勉は前職の国会議員として選挙に臨んでいた。岡崎の選挙区に有力な対立候補者はおらず、岡崎の当選は確実だと思われていたが、岡崎には一つ、決して他人には知られてはいけない秘密があった。

岡崎の朝は早い。朝、家族が起きる前に家を出る。そしてまだ日も上がりきらないうちに事務所に入るのである。そして彼は机の引き出しの裏に隠した写真集を手にとる。

岡崎にとってその写真集を眺める時間こそ、選挙の疲れを取る最高の癒しであった。

「そろそろ違う子の写真を買いたいな」

そう言いながら岡崎候補はすでに何十回もめくったその写真集をめくるのであった。

そう、何を隠そう岡崎候補、隠れ犬派なのである。奥さんを始め家族全員、さらに後援会に至るまで全員ネコ派であるので犬派であることがバレてしまっては議員生命に関わってしまうのである。

その時、事務所の入り口で物音がした。

「おはようございます、岡崎さん早いですね」

そう言って入ってきたのは、去年から私設秘書として入ってもらっている猫川明美であった。岡崎夫人と仲が良く、岡崎が本当にネコを愛でているのか監視するよう頼まれているというのは公然の秘密である。

「おはよう、猫川くん。今日も早いね」

「私早起きなんですよ。岡崎さんもこんな早く来て犬のたくさんのった写真集でも見てるんですか? 」

岡崎は焦っていた。物音がした時点で写真集を引き出しの裏に収納するのは間に合ったはずである。あんなに沢山のチワワが載った写真集の存在がバレたら岡崎はの議員生命は終わってしまう。

「冗談ですよ。ちょっとチワワの気配がしただけです」

恐ろし直感力である。

「チワワなんているわけないじゃないか、ここは選挙事務所だよ」

「ですよね~、そういえば気になる噂を聞いたんです」猫川は一転して真剣な表情でそう言った。

「なんだい?」

「それが、新しい候補者が立候補したとか」

それは重大事だな。岡崎はそう思ったが、猫川の表情は単に滑り込みで対立候補が増えたではすみそうにないなにかがあった。

「その候補者がどうかしたのか? 侮るつもりはないが、準備不足の候補者にたいしてそんな真剣になやむ必要はないと思うよ」

「はい、しかしその候補者が犬という噂があるんです。なんでも名前がジョンとか……」

「その子の犬種は何かね?!」岡崎候補は思わず猫川のはなしを遮ってしまっていた。

猫川は岡崎候補のあまりの食いつきの良さに動揺はしたが、秘書として鍛えた条件反射で質問に答えた。

「えっと、シェパードのようです」

「シェパードか! あのすらりと伸びた四肢、知的な視線! 」

そこまで言って岡崎候補は猫川秘書の冷たい視線に気づいた。さらによく見るとスマホのボイスレコーダーを開こうとしている。

「当たり前だが、シャム猫のことだぞ!」

そういうと、猫川秘書は残念そうにスマホをしまった。

「当然です、それで実はその候補の事務所で大学の時の友達が働いてるみたいなんですよ、ついこないだまで新聞社で働いてたはずなんですけど」

「なるほど、君はジョン候補は脅威になりうると思うかね?」

「直感はNOです、しかしなにぶんほとんど情報がないのが気がかりです、ジョン事務所で働いてる友達に色々聞いてみます」

西崎候補は新たに出てきた対立候補の情報収集を猫川秘書に任せると、このタイミングでジェパーどの候補が現れた理由について考えた。まず岡崎候補が最も恐れたのは何者かに自らが犬派であることがばれたという可能性である。

岡崎候補が犬派だとばれてしまったら猫派である家族に家に入れてもらえなくなってしまう。支持者である猫カフェの店長からも見放されてしまうだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る