第7ワン 取材はとっても難しいです

  一匹と一人が事務所へ戻ると、一人の女性が『ジョン選挙事務所』と書かれた看板の写真を撮っていた。リクルートスーツに身を包んだ小柄な女性で、長い黒髪をツインテールにしているさまは高校生といっても通用しそうだった。


 どんな用件で事務所に来たのか、マサルには見当もつかなかったが(自分の本業の弁護依頼の可能性も失念していた)、女性にどいていただかないと事務所に入れなかったのでマサルは声をかけることにした。

「何が御用ですか?」

「ひぇええぇぇ!!!」

 女性はかなりびっくりしたようで悲鳴を上げると逃げ場を探すようにきょろきょろとあたりを見渡して最後にマサルとジョンがいることに気づいたようだった。ジョンは女性の悲鳴に驚いてマサルの後ろに隠れていた。

「あぁっ、すいません。私こういうものっでづっ!」

 ずいぶんと、あたふたした人だな。

 そう、マサルが考えながら受け取った名刺には次のように書いてあった。

『日本政治経済新聞社 政治部 西崎カナ』

「日本政治経済新聞ですか?!」

「ワン?(それなに?)」

 日本政治経済新聞は政治と経済の報道に関しては右に出る新聞社はないビジネスパーソン必須の新聞だ。それを知るマサルは「なぜ日本政治経済新聞の記者がこんなところに来てるんだろう?」と考えていた。

「ワン?(この人新聞記者なの?僕の取材に来たの?)」

 ジョンは早くも状況を把握し、尻尾を振りながら記者の足元のにおいをかぎ始めた。記者が動物を飼っているか確かめているのだろう。

「なるほど、ジョンの取材に来たのですね?」

「はい。世界初の犬の候補者ということで話題性は十分だと思います。取材させてもらえますか?」

 マサルは西崎記者を改めてよく見てみた。小柄でリクルートスーツを着込んでいるので若く見えるが20代の後半くらいだろう。

「ジョンどうだい?取材に応じるかい?」

「ワン!(この人、服から犬の匂いがしないけど犬は好きかな?)」

「なるほど、確かに大事な要素だな。西崎さん」

「なっ、なんでしょうか?」

「犬はお好きですか?とても大事なことです」

「あっ、はい!大好きです。でも同居してる母にアレルギーがあって家で犬を飼えないんです…」

 西崎記者は顔を伏せながら、いった。見ると目頭をハンカチで抑えている。

「西崎さん。そんなに悲しまないでください。ジョンは取材に応じてくれますよ」

「本当ですか!!」

 先ほどとは一転して晴れ渡った夏の日のような笑顔だった。


「ではジョン候補、さっそくですがこの選挙に立候補した動機は何でしょうか?」

 西野記者は地面にしゃがみ込みジョンと同じ目線で大真面目にジョンに話しかけた。ふだん、どんなにジョンと仲のいいい人でもジョンとここまで真剣に接してくれる人はいないので、マサルの中で西野記者への好感度はかなり上がった。

「ワン!(お姉さん、ぼくの言ってることがわかるの?)」

 ジョンはマサル以外に自分の言葉を理解してくれる人間が現れたと知り、尻尾を激しく振ったが、どうも西野記者の様子がおかしかった。じっと固まって動かないのだ。

「西野さん?大丈夫ですか?」

 マサルが声をかけると西野記者は今にも泣きそうな目でマサルを見上げた。

「ジョン候補がなんて言っているか分かりません…、記者失格です…」

「大丈夫ですよ、ジョンが喋ったことは僕が翻訳しますから」

「ありがとうございます!、では気を取り直して議員を志した理由を教えてください」

「ワン!(国会ってところで思いっきり遠吠えがしたかったからだよ)」

「国会で思いっきり遠吠えがしたかったからだそうです」

「なるほど、既存の概念を打ち壊す素晴らしい動機ですね!」

 ほかの人物が聞いたら呆れかえるような動機も西崎記者には素晴らしいものに聞こえたらしい。

「それでは、どのような政策を掲げているのでしょうか?」

「ワン?(政策ってなに?)」

「国会議員になったあと、どんな法律を作りたいかってことじゃないかな」

「ワン!(それなら、動物たちと人間たちが仲良く遊べる公園をつくる法律が作りたい!)」

「動物と人間が仲良く遊べる公園を整備したいそうです」

「地元に根差した見事な政策ですね!多様性の象徴と言えます!」

 西崎記者のコメントは若干ずれてないかとマサルは思ったが、いい方向にずれてるようにも思ったのでそのままにしておこうとも思った。

「では、将来的に総理大臣への野望はあるのでしょうか?」

「ワン!(よくわからないけど今よりおいしいドッグフードが食べれるならやってもいいよ)」

「おいしいドッグフードが食べれるならやりたいそうです」


 そうして、中身のない受け答えでインタビューは終わろうとしていた。


「では、これが最後の質問です!」

「ワン!(何でも来い!)」

 西崎記者はもったいぶりながら、最後の質問を投げかけた。

「駅まではどうやって行けば迷いませんか?」


 結局、マサルが駅まで送ることになった。

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