第5ワン 立候補後の散歩は一味違います
ジョンはいつもの散歩コースを意気揚々と歩いていた。新しい服がことのほか気に入ったらしい。
ちなみにジョンは散歩のときリードは付けない。
「今日はどこに行きたいかい?」
マサルが尋ねると、ジョンは立ち止って同じ場所を3回回った。これがジョンが考えているときの癖だ。
「ワン!(河川敷に行きたい)」
「そうだね、河川敷でゲートボールをしているお爺さんやお婆さんに立候補したことを報告しなきゃね」
「ワン!(久しぶりにゲートボールがやりたいな!)」
散歩をしていると普段ジョンやマサルが仲良くしている人と会うことも多い。駆け寄ると頭をなでたりした。そしてマサルから今度の選挙にジョンが立候補することを伝えると一様に同じ反応を示した。
まず、マサルが立候補するのだと勘違いをする。当然だ、マサルは弁護士なのでそんなに変なことではない。
勘違いだと教えると口をあんぐりと開けて。そして「頑張ってね」という社交辞令をして去る。一匹プラス一人と話した人たちはみな予定を切りあげて帰宅をし、鏡の前でほっぺをつねる運命にある。犬が選挙に出ると知らされたら大抵の人がそうするだろう。
「ワン!!(なんでみんな僕が立候補するって言ったら驚くの?)」
「犬が選挙に出るのはたぶん世界初だからだよ」
「ワン!(じゃあネコならいるのか?)」
「いや、たぶんネコもいないな」
「ワン!(じゃあ馬)」
「馬か、『出馬』っていうくらいだからもしかしたらいるかもしれないね」
そんなことを話していると遠くから黄色い声が聞こえていた。
「みてみて!犬が変な服を着てる!」
マサルは、「ずいぶん目が良いんだな」、と思ったがジョンは異なる感想を抱いたようだった。
「ワン!(あの人たち変な服って言ってるよ)」
「まあそう怒るなよ、珍しい服かもしれないけどちゃんと似合ってる」
ジョンは不服そうだったが先ほどの声の主はどんどん近づいてきた。
わらわらと駆け寄ってきたのは女子高生の3人組だった。化粧が濃かったのでマサルは「不良かな?」と思い身構えたが思いのほか礼儀正しく。
「ワンちゃんに触ってもいいですか?」と聞いてきたので。
「どうだい?ジョン」と聞いてみると。
「ワン!(勝手にすれば?)」と答えたので。
「どうぞ、触っても大丈夫ですよ」と言った。
女子高生たちはマサルとジョンのやり取りを不思議そうに眺めていたが、「触ってもいい」というと嬉しそうにジョンを撫で始めた。
「クーン(変な服って言ったのはよくないと思うけど撫でるの上手いな)」
ジョンはまんざらでもなさそうであった。
ひとしきりジョンを撫でると女子高生は「では、学校があるので」と言って去って行った。
ジョンは尻尾と首を力なくたらし、露骨に悲しんでいた。
「ほらジョン、いくよ」
またしばらく歩いていると今度は女子中学生の集団が歩いていた。数は4人、楽しそうに話しながら歩いている。
ジョンは集団を見つけるとマサルを置いて走って行った。ひとしきり撫でられて満足するとマサルのところに戻っていく。
「そうやっていろんな人に好かれるように努力をすれば選挙で勝てるぞ」
そうマサルが言うと嬉しそうに尻尾を振るのであった。
それからも何度か同じようなことがあったが、マサルはあることに気づいた。
「おい、ジョン。お前若い女の人のところにしか行ってないだろ」
「ワン?(ばれた?)」
「だってさっき、おじさんが撫でようとして寄ってきたら逃げたじゃないか」
「クーン(だって、変なミントの匂いがしたんだもん)」
「なるほど、香水とか苦手だもんな。でも選挙で勝つためには我慢しなきゃだめだぞ」
「クーン(わかってるけどさ…)」
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