第4ワン 選挙事務所ができました


マサルは自分が所長を務める弁護士事務所の看板を掛け変えていた。

「できたぞ!ジョン!」

 マサルは作業の間、礼儀正しくお座りの姿勢で待っていたジョンに話しかける。

「ワン!(マサル、これはなんて書いてあるの?)」

 ジョンは新しく事務所にかかった看板を見ながら吠えた。ジョンは天才なので平仮名は読めるが漢字は読めない。

「これはね『ジョン、選挙事務所』って書いてあるんだ。議員になるための活動をここを中心にしてやるんだよ」

「ワン(へ~、議員になるにはいろいろしなきゃいけないんだね。じゃあ僕らは何をすればいいの?)」

「昨日調べてみたが、ちょっと忙しくなるぞ。中で話そう」



 ジョンとマサルは選挙事務所の中においてあるソファーに座って今後の活動について話すことにした。

「国会議員になるためにはこれから始まる選挙で勝たなきゃいけない」

「クーン(どうやったらその選挙で勝てるの?遠吠えの美しさを競う大会だといいな)」

 ジョンが遠吠えを始めそうになったのでマサルは手を掲げて制止した。

「ジョン、違うよ。でも少し似ているかもしれない」

「ワン(遠吠え大会と似ているの?)」

「そうだよ、選挙ではたくさんの人にジョンを議員にしたいって思ってもらうと勝てるんだ」

「クーン(なんだか勝負がはっきりしないな…、やっぱり遠吠え大会じゃダメ?この前町の大会で優勝したから自信があるよ?でも猫は遠吠えができないから不公平かな?)」

 ジョンは尻尾をだらんと垂らして上目遣いでマサルを見た。

 ジョンの上目遣いに負けないためにマサルには鋼の意志が必要だった。

「実際は、ジョンを議員にしたいって思った人が投票日にジョンの名前を書いた紙を箱に入れて、箱に入った紙に書いてある名前がほかの候補者よりジョンのほうが多かったらジョンの勝ちだよ。それにジョンが選挙で戦うのは猫じゃなくて人間の候補者だ」

「ワン!!(それならわかりやすいや!)」

「問題はどうやってたくさんの人にジョンが議員になってほしいと思って貰えるかだ」

「クーン?(でもマサルは僕にやってほしいって思ってくれるでしょ?隣に住んでるタクヤお兄さんも優しいから僕になってほしいと思ってくれるはずだよ?2人じゃダメなの?)」

 マサルはジョンの上目遣いに心が揺らいだが、心を鬼にして言った。

「2人じゃ全然足りないんだ」

「…」

「いや、そんな『なぜ?』みたいな顔されても」

 マサルはそこから時間をかけて、選挙について説明した。ジョンが立候補する選挙区の有権者が40万人以上いると説明した時のジョンの顔は「病院に行くよ」と言ったときの顔に匹敵した。


「ワン!(これで選挙については大体わかったから当選したも当然だね!つまり僕に投票してくれない人が投票所に行けなくすればいいんだよ!)」

「いやいや、これから選挙の活動をしなきゃいけない。投票してくれない人を行けなくするのは無しだ」

「ワン?(活動?遠吠えするの?)」

「遠吠えじゃだめだ。まずはポスター用の写真を撮ろう。この服を着て取るんだよ」

 マサルが服を見せるとジョンは飛びのいて部屋の隅まで逃げた。

「ワン!ワン!(服は嫌だよ!しかもなんか変な文字が書いてある!)」

「これは、ジョンの名前が書いてあるんだよ。これを着てないとジョンを知らない人にジョンのことを知ってもらえないんだ。あとこの服はジョンが嫌いなポリエステルじゃなくて木綿でできているよ」

 最後の「木綿でできている」というのが効いたのかおずおずとソファーまで戻ってきたジョンはおとなしく特別製の服を着せられた。

「じゃあ、写真撮影を…」

「ワン!(その前に散歩に行きたい!)」

「よし分かった!」


 マサルは基本的にジョンの言いなりだった。

『かわいい』は正義である。

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