第3ワン 選挙管理委員会は紛糾しました
その日、ある会議室で選挙管理委員会の緊急会合が開かれていた。議題はズバリ。
「犬の立候補を認めるかどうか…」
ある委員が反芻するようにホワイトボードに書かれた議題を口にすると、両隣に座った委員が、笑うべきなのか怒るべきなのか分からずにとりあえず無表情にしました、といった無表情でホワイトボードを見つめた。
重苦しい沈黙を破ったのは比較的若い、若いといってもシェパードのジョンの15倍は長く生きている委員だった。
「委員長、なんの冗談ですか?」
ジョンの20倍以上生きている委員たちがおどおどと同意の意を表して頷く。
「実はさっき、昔世話になった人の息子さんから電話があってね…」
「犬を立候補させてくれと?」
「そういうことだ」
再び重苦しい空気が流れる。委員は何を言っても失言になりそうで怖くて何も言えないのだろう。
「ところで」
委員会の中で親しみを込めて長老と呼ばれている古参委員が口を開く。
「犬種はなんですかな?歳は?」
数人の委員が「その質問があったか」とまるで「閃いた」とでも言いそうな顔をして隣の委員の白い目線を受け止めていた。
「犬はシェパードで3歳1か月だそうです。名前はジョンです」
委員長が手元のメモを見ながら言うと、長老は満足げにうなずきながら言った。
「よいではありませんか」
「長老?!」
最初に沈黙を破った委員が応じる。
「3歳1か月なら人間換算で28歳、今回の選挙の被選挙権はありますよ。それにシェパードです」
「しかし…」
「どうせ当選するはずもありません。それに話題性がある。低迷しがちな投票率を上げるのに一役買っていただこうじゃありませんか」
「長老、本音をよろしいですか?」
委員長が問いただす。
「儂は犬が好きじゃ」
「正直者は歓迎します。ではほかの意見の委員はいらっしゃいますか?」
別の委員が腰を浮かせる勢いで手を挙げた。
「吉井委員、なんか意見がありますか?」
「はい!大ありです!私はこの立候補を認めるわけにはいきません!」
あまりの剣幕だったので、議事録をとっている職員も吉井委員のほうに注目した。
「なるほど、理由を聞かせていただいてもよろしいですか?」
「わかりました。私がジョンの立候補を認められない理由はシンプルで、わかりやすく多くの人に受け入れていただける理由です!」
「ですからその理由は?」
吉井委員は沈黙を楽しむようにゆっくりと立ち上がって、そして言った。
「私は!猫派だ!!」
本日何度目かの沈黙が会議室を支配した。議事録担当の職員は今の発言を公文書として残すべきか悩んでいる。
「他に猫派の方はいらっしゃいますか?」
選挙管理委員会の緊急会合は近年まれにみる白熱した議論を繰り広げた。議論は予定時間を過ぎても続き、犬と猫のどちらが尊いかの議論の結論は保留となった。
公開された議事録がSNSで拡散し、伝説となるのはまた別の話。
こうして、ジョンの立候補は受理されたのだった。
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