兄と常世の因縁2




「「お前を排除する」」


   春を待つ荒野の草木を照らす月は、突如宣戦布告された私を嘲笑うかのように欠けていた。


   〝橋渡し〟とは何なのか分からないが、射抜く鋭い眼差しから冗談抜きで私を殺そうとしているのは確かだ。それほど邪魔をされたくない、儀式。それは霊王達にとって引くに引けない事情があるのだろう。成程と納得しておこう。


   で?だからと言ってこのまま殺されるわけにも現世に帰るわけにもいかない。それこそ霊王達が困ろうが知ったことではない。


   ここはひとまず逃げてこそこそ兄を探るしかない。応戦しながら逃げる。これしかない!っと私は霊剣を具現化させ構えた。



   それに一番に反応したのはほかでもない、煎国さんだった。ぎょっと私を振り返り手を使ってあわあわとしている。そして霊王達に向き直った。


「ハイドさん、芥生さん、ここは引いてください。問答無用に切り捨てるなど…」


「ほぉ、煎国。この娘の肩を持つのか。お前は番人の役目をほっぽりだした上に眠り王に肩入れし、橋渡しも潰そうというのか」


「いえ、それは憶測がすぎます。月深さんに説明の一つなしでとはいかがなものかと申しておるのです」


   煎国さんの懸命な訴えを芥生は眉根を寄せ黙って聞いている。



「常世にとって橋渡しがどれだけ大切で、陽丞さんはどうして了承したか、その内容についても話すべきです」


「肝心の奴が居らんという時に悠長なことを。お前はいつまでも甘いな。この娘が妙な真似をしない保証などどこにもない。むしろ話せば確実に邪魔をする、目に見えたことだ」



「ならお前がこいつを見張ればいい話だ」


   鷹の目が煎国さんを捉えて言った。


「妙な真似したら、お前がこいつを狩ればいい。いいな?」


「それは…っ!」


   さらりと棘のある言葉を発するハイドに、完全に困り果てた煎国さんは私をちらりと見てまた逸らす。


   私という存在が、煎国さんをこんなにも困らせている。霊王達にとっても私は疎ましい存在らしい。彼らと敵対すること即ち、常世を敵に回すということ。孤独の中で兄を救わないといけないということ。


   それでもいい。兄なくして私は生きてるとは言わないのだから。



「私はどんな手段を使ってでも、唐紅陽丞を現世へ連れ戻すつもりよ」


   高らかに宣戦布告した私にこの場のあらゆる視線が集まる。



   びりりと張り詰める一帯は異様な空間で、ここから逃げ出すのは至難の技である。それでも、瞳に宿る炎は消えることなく、むしろ勢いをつけ始めている。


   ふぅーっと緊張を吐き出し足腰に力を入れる。同時に魔女が右手をかざす。そして幾何学な魔法陣を出現させ、鷹はポケットに手を突っ込んだまま、だか前傾し臨戦態勢をとる。



   刹那───、魔女の右手が閃き、魔法陣が煌めく。弾丸となって無数の雨が私目がけて落ちてくる。その一つ一つを霊剣でなぎ払おうとした一瞬、時が止まった───、否、時の流れが遅くなった。


   迫り来る弾丸の速度は極端に落ち、ありとあらゆる生の動きが鈍くした。そして煌めく眩い光を目の当たりにして漸く、これが何者による仕業か理解できた───時にはすべてがなぎ払われていた。



   ネイビーアッシュの髪が揺らめき、片目を覆う前髪の下からもう片方の深海が覗く。首までのびるニットの上にパーカーを羽織り、その出で立ちは普通の男子高校生を想わせるが、纏う雰囲気はそれとは異なり、異質を放っている。


   取り出したニット帽を深々とかぶる少年、ネルは私の前に庇うように立っている。



  一瞬にして、この場を支配下においた者に対し、霊王達は口々にその者を非難する。


「眠り王が…どこをふらついてた」


「お前は、いつも私の邪魔を…」


「ネル〜久しぶり。ね、今度こそ月深をかけてゲームしようよ」


「こーん」


   三者と一匹の瞳が妖しく光り、眠たげな少年を捉える。その傍らに煎国さんと、もう一人、パープルブラックの短髪が特徴の青年が立つ。彼等は互いの位置を示すことで対立を意味しているのだろう。


   その後ろで佇む私は立ち位置からしてこちら側なのだろう。煎国さんがいるからそう思えるものの、あとの二人に関しては何とも言えない。


   まず、平安の衣装のようなものを身につけている、品の良い佇まいのパープルブラックさんに関しては、どこの誰状態である。彼は扇子で口元を隠し、冷ややかな視線を三者と一匹に向ける。



「現世へ赴くのも重要な役目ですよ、霊王達」


「ふんっ。お前もネルの肩を持つのか」


「僕の主は一人ですからね」


「月深は俺が預かる。手出しは許さない」


「な…っ」


   ぱしっと手首を掴まれる。


(いつの間に…)


   意味不明な宣言に耳を疑っている間に少年は私の隣に移動し、手首を掴んでいた。掴む手からは生暖かい気流、霊力が伝わり、私は目を見張る。


   霊力が霊力に吸い寄せられているのだ。即ち、右手に握る霊剣が糸のようにほつれ、その姿を消した。否私の中に戻った。信じられないと、私より少し高い少年を見上げるも、その横顔は伸びた前髪で見えない。



「アベル、手出しは許さないからな」


「…んー、念押しされるとますます手を出したくなるけどね」


   軽く笑う鮮緑色の瞳が私に向けられる。


「月深、また会おうね。約束もまだ果たしてないんだから」


「?」


   ひらひらと返す手が一瞬光る。指輪だろうか。


「あいつ…手出す気満々だな」


   少年の握る力が強くなった。その時、私は何度も思った。顔が見たいと。今、どんな顔をしているのか知りたかった。少年はあまり感情を出してくれない。だから何も推測がたてられない。この人を知りたいのに。



「このまま逃がすと思うのか?そいつは置いてきな。獣達の餌にしてやる」


「ハイドさん、それなら俺が残りましょうか?」


   煎国さんが一歩前へ出る。作務衣の袖をまくる仕草に、ハイドは眉を寄せた。


「俺とあなたがここでぶつかれば、王妃様になんと言われるでしょうか」


「っ…!くそっ」


   静かなるしかし圧倒的な威圧を放つ煎国さんの横顔が私の目には冷たくうつる。



   何も言えずにいると不意に腕を引かれた。はっと顔を上げるも少年は何も言わない。黙って腕を引く少年は私の味方なのだろうか。


「ねぇ、君はお兄とどういう関係なの?」


「…あぁ陽丞か。いい奴だったよ」


「過去形で語らないで」


   質問に答えてくれたかと思えば、さらりと失礼なことを言う。全く、あの霊王達を一瞬にして黙らせた人とは思えない軽口である。



「眠り王、小娘を置いていけ」


   ふわりと立ち塞がるように降り立つ魔女は今にも発動しそうな魔法陣をこちらに向けている。しかし、霊剣が振るえない私は少年に救いを求める。少年は私を通り越して別の者に視線をやる。


「ネル殿、ここは僕に任せて行ってください」


   すっと横に現れた青年が魔女の前に躍り出る。


「月深君、ネル殿の言うことを聞くように。歯向かう時は僕が君を…」


「まがり。早く行け」


「待って、それってどういう意味な…わっ」


   ぐいっと一際強く引かれた腕で体が大きく傾き、二の次が紡げず私は少年に向き直り、息を呑んだ。



   ふわりと体が軽くなったかと思うと少年とともに宙を浮遊していたのだ。そしてそのまま遥か上空へ飛び立つ。そこで初めて、その偉大な存在感を放つ屋敷を認めた。


   それは、私の記憶に繋がる糸を紡ぎ出す者達が住まう、常世と現世を繋ぐ要の屋敷、記憶の片隅にあった疎外感の塊だった。





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