兄の厄介事2






(私のスピードについてこられるなんて…しかも息ひとつ乱れてない)


   目まぐるしく木々が通り過ぎてゆく中、肩越しに彼を睨みつける。対して彼は余裕な顔でにこっと笑いかける。いや、にやっと笑いかけるように見える。


「月深、この程度か?」


「む…すぐまいてやるんだから」


   この世に存在する異様な力、霊力を具現化した愛刀、青白い光を帯びる大太刀を形にし、彼めがけて横一文字宙を切り裂く。凄まじい斬撃は真っ直ぐ彼を捉えるも、彼に届くことなく粉砕する。


   手のうちがまるで見えない。武器を使っているように見えない上に手の動きさえ捉えることができない。高等技術にしても有り得ない。結界を使っているのならば破片がちらついてもいいはず。だというのに全く見当たらない。


「俺から逃げ切ったら陽丞のこと教えてやるよ」


   すっと真横に現れた彼は眠たそうな横目をこちらに向け、口元はにやついている。


「…どの道君から聞く必要があるもんね」


   彼の行動に慣れてきたのか、私は合わせるようににやりと返した。


「力でねじ伏せるってのもありじゃない?」


   負けず嫌いの私は不敵にも笑い、大太刀を振りかざす。彼はそれを容易にかわし私から距離をとる形になる。


   お互いが地面に着地すると、彼は左腕をゆらりと持ち上げる。すると左掌から眩い光が生まれ、やがて光の糸を紡ぐかのように形を成してゆく、まるで光を編んだ剣のように。


   初めて見るその光景は目を奪われてしまうほど美しく感嘆をあげてしまう。漸く手の内を明かしたかと思う一方で、それまで私のちょっかいをまた別の方法で防いでいたことが気がかりだった。


   光を帯びた剣は私の大太刀と同様、霊力を濃縮し具現化させたもの。所々の性能は異なるが、根本的には同じ概念をもつ。故に対処法はいくらでもある、と見て取れた。


   私は低い態勢をとり、左足を大きく後退はせ、右手の大太刀を腰だめに構え、前方の彼を見据える。臨戦態勢でいつでも斬りかかれることを示すも、やはり彼はうんともすんとも言わないのはもちろん、示すこともない。


   なら遠慮なくいかせてもらうわ。大きく息を吸いこみ、不謹慎にも高まる胸を落ち着かせる。


   左足裏一点にこめられた力が爆発し、一気に彼の懐に忍び込む。そのまま左手を添えた右手の大太刀が左斜め下から脇腹目掛けて閃く。


   ッガァン…!!大太刀が光剣に迎撃され、金属音が鼓膜を刺激し、視線と視線の間には火花が散っている。目を見開くもすぐさま体を捻り、彼の後ろ手に回ると左斜め下から背中を狙う。


   ッガァン…!!またしても同じ衝撃音が鳴り響き、私は内心でやっぱりと呟いた。背中を狙われた彼は剣を使わず私の攻撃を防いだ。見えない壁で防がれたのだ。その正体が何か分かったからこそ、苛立ちをこめ、私は次から次へと叩きつける。


   破裂にも似た豪快な音を立て、正面から勢いよく激突した時、火花で顔を照らし合い、対称的な表情が互いに見て取れた。すぐさま衝撃の波動により離れると半秒待たず身を捩り、後ろ足に力を入れ地面を蹴り上げる。彼も目の端にその様子を捉え、迫り来る私の上を宙返りし、立ち位置を逆転させた。


   今度は私が後ろを取られる形となり、間を置かず地面に着地した彼が刀を振り上げた。が、数秒私の方が早かった。振り返り際身を低くし、回転の軌道に刀を合わせ足払いする。着地したばかりの足は重力によりそう簡単に次の動きがとれなかった。


   もらった!そう思った時、「ふっ」と微かに聞こえたのは彼が鼻で笑ったものだった。一瞬眉を寄せたがすぐさまその理由を知ることになる。気がつけば周りを幾何学な魔法陣が囲んでおり、術発動寸前だった。動揺した私は刀の軌道をずらしてしまい、彼に命中することはなく、幾何学な魔法陣が私を覆った。





   ──────────────────






  ───檻。


   私を檻に閉じ込めようとするなんて、悪趣味などこかの兄貴みたい。迫り来る魔法陣の中、リングによる空間移動をはかり、何とか捕まらずにすんだ。それはそうと…私は対象を失った幾何学な模様の檻が、互いにぶつかり合い消滅した跡を木の上から見下ろす。


   あれは間違いなく、結界と呼ばれる、奉魔士しか扱えない技。先程のように発動には魔法陣が描かれる。


「でもさっきのは違う」


   口にして確信を煽る。


   初撃と追撃、二回とも同じ力加減で攻撃し、似た衝撃音が鳴り響くということは、相手もまた同等の力で応戦してきたということになる。しかも光剣と霊剣のぶつかり合いで金属音を伴う衝撃音は有り得ない上に、二回目の攻撃は光剣で防いだのではない。見えない壁がそこにはあった。


   霊剣では破壊できないほど厚く精密な壁、結界が編んであった。


「見えない結界」


   結界を扱えるのは奉魔士くらいなもの。ましてや見えない結界など上級奉魔士でもできない上に文献のどこにも記述されていない、イレギュラーである。


   そのイレギュラーを駆使するが故、奉魔士から一線をおいている私に対しての応戦。


「君は何なの?嫌がらせに思えてくるよ」


   結界で大太刀を覆うことで、武器破壊を防ぐことができるだけでなく、攻撃力も増す芸当くらい奉魔士であるならできても何ら不思議ではない。が、精密に編まれた霊力、目に見えない粒子にまで留めることは私一人しかできないはず。


   だと言うのに、彼は全く同じ使用で応戦してきた。いよいよもってただ者ではない上に癇に障る。


   彼の目の前に降り立つと、彼は小さなため息一つして、はにかむように言う。


「心外だな、それを教えたのは俺なのに」


「え…え?」


   端正な顔つきの彼がはにかむ姿はそりゃあ胸打たれる衝撃だが、それを味わう余裕は微塵もなかった。


   教えた?私に?でも私は彼を知らない。何かの間違いじゃ…。ふと浮かんだ兄の後ろ姿に私は問いかける。兄は、何か知っていたの?私は何を───、


「──────────っ!!」


   頭の奥で何かが弾けた。ハッとするなんてものじゃない、無意識に体が動き、息を呑んだ。注がれる視線の先には何もなく、ただ木々が生い茂るのみ。それでも、ある種の違和感を覚えた私は目を離せずにいた。そして、


「今、お兄を確かに感じた」


   口にすることで、波打つ鼓動があわだたしく活発に早打ちする。


「お兄───!いるんでしょー?」


   必死になって叫ぶ私を見た彼は「まさか」と眉をひそめ、私の元へ駆け寄る。が、それを無意識に避けるかのように、無我夢中で走り出し、感じるがままにかけていく。


「お兄をここに感じるのに…」


   もどかしさ、焦り、不安にかられた私は一心不乱に叫んだ。次の瞬間、天を裂く閃光が空から地へ放たれ、光は私の目の前に落ちた。


  光を編むのではなく、一筆書きで描くように何かの輪郭を成し、そこに無数の粒子が集結し厚みを帯びてゆく。そして瞬く間に光の門を出現させた。


   涙目で呆ける私は何が何だか分からず、暫しその光でできた巨大な門を眺めた後、波打つ鼓動にハッと我に返る。


   門の先に、お兄を感じる。


   正体不明。危険極まりない事象。踏み入れてはいけないと頭では理論を提唱するまでもなく分かっているというのに、この体はそれらを容易く全否定する。


   光の門に吸い寄せられるように、しかし、意志を持った確かな足取りで一歩一歩を踏みしめる。


   眩い光が身を包んだ瞬間門はその姿を粒子へと変え跡形もなく消え去り、後には彼だけが残された。私は、ただの感ひとつに身を任せ、兄の元へ足を進める。が、徐々に朦朧としてきた意識の中、五感が失われる様子に為す術もなくそれらを手放してしまった。






   光の門とともに消えてしまった月深を、ネルはすぐに追うことはしなかった。


「鈍ってないか確かめるのにわざわざ挑発してどうする、ネル殿」


   ふぅっと息をつくネルに、銀髪の青年が声をかけた。


「お前の仕事は俺を監視することか?」


「失礼ですね。僕もそんなに暇人じゃありません」


「なら早く仕事をしろ」


「唐紅君が常世に来たよ、今しがた」


「っ!」


「妹さんと出くわすかもね」


「霊王達は気づいているのか」


「あぁ。ただ唐紅君は姿をくらましたよ。妹さんはすぐ見つかるだろうけど。にしても常世の門を自力で開けるとはね」


   感心しているのか驚いているのか、どちらともとれない顔で銀髪の青年は言い、それに対してネルは一際沈んだ声で返した。


「意識的じゃない」


   その横顔をちらりと見て、すぐに視線をおとす。


「…ネル殿。あまり彼女にこだわる必要は」


「門を開けろ」


   忠告を阻止された銀髪の青年は冷静沈着に返す。


「ご自分でしてくださいよ」


「疲れるだろ」


「それは僕も同じです」


   と言いつつも、主の命令に忠実なのが、パープルブラック色のしなやかな髪の青年なのだが。










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