Ep54 迷宮と書いてストレッサー

「ふざけんなよクソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


どれくらい時間が経過したかはわからない頃、薄暗い照明の灯りに照らされた迷宮内に俺の怒りの叫びが響き渡っていた。


「お、落ち着いて零人!気持ちはわかるけど声を【強化】しないで!」

「迷宮が崩れる……」

「(アワアワ……)」


荒い息を吐いて額に青筋を浮かべる俺を宥めるように3人がそれぞれの反応を示すが、俺の怒りは一向に収まる気配がない。今もイライラして手当たり次第に当たり散らしたくなっている。


「オーケー落ち着け俺。これ以上やったらマジで迷宮が崩壊することになる。それは俺たちは全員の死を意味することだ。絶対に避けなければならないことだ……」


これ以上壁や天井にダメージを与えることは非常によろしくないということを自分に言い聞かせる。それはマジで洒落にならん。死ぬなんて御免だ。


「ふぅ……すまん。取り乱した」


俺がそう言うと、途端に3人は緊張の糸が切れたようにその場に座り込んだ。相当のキレてる俺に焦っていたようだ。マジですまん。


「本当にこのまま生き埋めになるのかと思った……」

「心臓に悪いから……もうやめてよね。あんたの力は本当に洒落にならないんだから」

「こ、怖かった……」

「いや、だってなぁ」


俺をここまでイラつかせてくれた原因であるものに目を向け、苦言を漏らす。


「これやってイラつかない奴はいないと思うぜ?」


その言葉に、全員自然と正面へ視線が動く。

そこには、今しがた零人が行い敗北を喫した穴から出てくる物体を殴りポイントを稼ぐゲーム──通称モグラ叩きが鎮座していた。

俺たちは出現した通路を進んでいくうちに、いつの間にやらこの場所に来ていたのだ。途中で魔獣が何匹か出現して襲って来たりしたが、いずれも問題なく対処できた。グーパンチで一撃だった。


「確かに零人の隣で見てたけど、相当イライラしたわね」

「だろ?」


エマも腕を組んで頷く。

このモグラ叩き、全然クリアできないどころか非常にこちらの神経を逆なでしてくるのだ。

具体的にはどのような手口かと言うと、こちらが叩くことができずに失敗するたびに、


『失敗するとか、ゴミじゃん』

『顔もダメで運動もダメとかどうしようもないな』

『だから童貞なんじゃね』

『ちょwwwやめれwwww』


叩き損ねたモグラを中心にそんなことを口々に言ってくるのである。こちらを小馬鹿にするような口調といやらしい笑みを浮かべて。

これでキレるなとかマジメンタル菩薩すぎじゃね?つーかモグラが出入りするときのスピードエグイ。そもそも叩けるような速度じゃないんだけど。


「こんなのどうやってクリアしろってんだよ」


言って、隣にある先に進む通路への入り口とみられる扉に目を向ける。無駄に輝かしい金属光沢を放つ銀色の扉は、決して開くことはない開かずの扉的なオーラを放っている。

と──、


「私が行く」


零人の前に出、イラつきのモグラ叩き(命名)の前へと立つリア。その後ろ姿からは性別を超えた男らしさが垣間見えた。


「零人は感情が豊かだからダメだった。あんまりイライラしない私なら、きっと大丈夫」

「リア……」


なんだろう。言葉にならないけれどこれだけ言わせて。マジかっけぇ。

リアは置かれていたモグラ叩き用ハンマーを手に取り、忌々しい宿敵の住む根城へと視線を固定した。

その瞬間、穴の一つから一匹のモグラが現れた。それはハンマーを持つリアを数秒ほどジッと見つめた末、こう言い放った。


『フッ、まな板かよ』


その瞬間、リアの表情からは微塵の感情も消え失せ、殺意だけを宿した瞳に切り替わった。クリアなどどうでもいい。私はあのゴミクズを屠ることだけが唯一の喜び。決して先の発言で冷静さを失ったわけではない。いや本当に。

みたいな感じのことを心の中でブツブツと呟いているに違いない。

無表情無感情にハンマーを振り下ろし続ける彼女を見て、俺は思った。


──これ、クリアできるの?


無理じゃね?



その後、更にエマも挑戦してみたのだが、結果は同じだった。中学生の影口かよって思わせるほどの低レベルな、しかし、確実にこちらの神経を逆なでしてくるような発言を浴びせ、こちらの集中力を極限まで低下させる。

外すことで更にイラつかせて、冷静さを欠いて失敗を続けると言う負のスパイラルに取り込まれた俺たちは、3人連続で惨敗を喫していた。

エマは「普段ミミズばっか食べてるくせにッ!」と壁を殴りながら叫び、リアは「私は決してまな板なんかじゃ……」とブツブツと同じことを呟きながら膝を抱えてしゃがみ込んでいる。どう言う状態?地獄絵図すぎるでしょこれ。


「はぁ。やっぱり諦めて帰るか」


余計なストレスを抱えながら先に進むことはない。ましてや、何が置いてあるのかもわからないような迷宮だ。ここで体力を消耗するくらいなら、森の我が家に帰って蛇酒の管理をしている方が百倍、いや、一千倍は時間を有意義に過ごしていると言える。


「あ、あのぉ」

「ん?」


帰宅最高なんて考えていると、不意に背後から声をカナに声をかけられた。そうだった、彼女はまだあの魔のモグラ叩きをやっていなかった。


「どうしたカナ」

「その……私もやってみていいですか?」

「やるって……あのモグラ叩きをか?」


言うと頷くカナ。マジで?あれをメンタルが弱いカナが耐えられるとは思えないんだけど……。

と聞くと、やはち弱気な、けれどやってみるという答えが返ってきた。


「一回だけですから……」

「あぁ、全然いいんだけど……無理だと思ったらすぐにやめていいからな?無理に最後までやり続ける必要なんてないから」


それだけ言い、カナにハンマーをもたせて台の前へと行かせた。


「まぁ、頑張れ」

「は、はい」


すぐに穴から一匹のモグラが出現したため、俺はカナから離れて見守る。その間にモグラはカナの姿をジッと見つめた。カナは恥ずかしそうにしながらもその場から離れない。

そして数秒が経過し──、


『可愛い』

「は?」


今なんて言った?明らかに罵倒とはかけ離れた言葉を口にしたような気がするが……。


「あのぉ……先に進みたいので、叩いてもいいですか?痛くは、しませんから」

『喜んで』


一気に全モグラが穴から顔を出し、どうぞ叩いてくれと言わんばかりに前傾姿勢になって頭を差し出す。それをカナは本当に軽くポンポンと撫でるくらいに叩く。合計で16回叩いたところで軽快な音楽が鳴り響き、銀の扉が開け放たれた。


「あ、ありがとうございました」

『またお嬢さんに叩かれることを、心から待っているよ』


そんな捨て台詞を吐き、彼らは穴の中へと潜って行った。なにこれ。


「い、行きましょう」

「あ、うん」


近くで拗ねていた2人に声をかけ、俺たちは扉の奥へと進んで行った。

おそらく、カナはあのモグラたちのどストライクだったのだろう。結局可愛いが勝ちかよ。クソ野郎。

男の俺には勝ち目なんてなかったようだ。

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