Ep47 英雄、森へ

前回の話。



エルナと約束を交わしました。




エルナと約束を交わしたが、女の子とこんなことをするのは初めてのこと。

状況の整理と、後悔はないかとエルナに尋ねる。



「とりあえず、俺の旅が終わったら帝都に戻って、エルナを迎えにくるってことだよな?」

「はい。ルークさんの旅が終了したら帝都に戻り、婚約……という形になりますね」

「その……本当にいいのか?俺の旅は危険がつきものだ。もしかしたら俺は、死んでいるかもしれないんだぞ?」

「それでも、私はあなたを信じて待って居ますので」

「他の貴族の男とかと結婚したほうが安定した生活を送れるんじゃないか?」

「金銭的な問題ではありません。その生活に幸せがあるかどうかが問題なのです。私は他の殿方では幸せになれるとは思いません。ルークさんと結ばれて、私は幸せになれると思っています」


心に決めていらっしゃるようだ。ここはもう素直に受け入れよう。俺もこの娘の熱い想いに惹かれたのだ。認めます。


「わかったよ。いつ帰ってくるかもわからないけど、それでも待ってくれるのなら俺もその想いに答える」

「ルークさん……」


お互いに決意、覚悟を確認した後、俺たちは食堂の方へと向かった。





食堂が広すぎて落ち着かない。


「で、デカすぎだろ……」


皇帝の根城の食堂ってこんなに広いものなのか?いや、日本でもラノベとかアニメ見てたから想像はしてたけど、本当にこうなるとなんだか落ち着かない……。椅子の後ろに沢山衛兵?がいるし……何かあってもいいようにいるんだろうけど、食事に集中できない。


「すまないね。義兄さんは忙しいから夕飯は自室で食べるっていうから、僕たちだけでいただこうか」

「はぁ……」


皇帝がいないとは思ったが、そういうことか。

まぁ、忙しくもなるだろう。隣国に戦争を仕掛けられ、その将軍たちを俺が連れてきたんだから。俺は相当働いたので、もう何もすることはないだろう。いや、ホントに疲れた。


「あ、これ美味しいですね」

「ん?ああ、それは帝国の名物のようなものだからね。レシピなら、コックに聞くといい」

「なるほど、名物なんですね。あとでお話しを伺います」

「確かに美味しいですけど……以前頂いたジャムが印象に残りすぎていて……」

「ああ、食べてくれたのか。美味しかった?」

「それはもう!初めてあんなに美味しいものを食べました!」

「?貴族なら美味いものを沢山食べてるだろ?」

「あれは今まで食べたものとは比べものにならないほどの味わいでした」

「そんな大袈裟な……」

「ほぉ?そんなに美味しいものを頂いたのか?」

「お父様も驚くほどの美味しさですよ?」

「では、今度いただこうかな?」

「まだあるのでよかったら置いていきますが?」

「本当ですか!!?」

「それはありがたい。新しい味は、それだけで素晴らしい発見だ。1日をよく過ごせそうだ」

「期待持ちすぎです」



こんな感じで、最初の方の緊張感はどこかに消え去り、俺たちは和気藹々とした夕食を楽しんだのだった。




夕食を終えたあと、俺は大浴場の風呂に浸かっていた。村の家にも風呂はあるが、ここまで大きい風呂場ではない。中央にはライオンみたいな動物の像があり、マーライオンのように口から水(お湯)を放出している。


「はぁ〜……疲れがとれるな……」


温泉の暖かさが身体に染み渡る。日本にいた時に家族でいった温泉を思い出す。あの時はまだ小さかったが、結構記憶に残っているものだ。


「村の方ではどうしてるかな。丸2日も空けちゃったからな……寂しがってないといいけど」


置いてきた女の子たちのことが頭をよぎる。あの子達なら俺がいなくてもなんとかやってるだろうけど、少し心配になってくる。


「絶対怒られるな……」


1日で帰るとかいっときながら2日も帰らなかったからな……。なにを言われるのやら。多分遅くなった理由とか、なにしてたのかとか、お土産のことかだろうな。


「あ、あと約束のこともだな」


隠して置いても……いいかもしれないが、なにか隠し事をしているのはよろしくない気がする。俺自身があんまりそういった隠し事をしたくない。俺の生活に関わることならいざ知らず、普通に生活していく仲間たちだ。ちゃんと報告するべきだろう。


「……なんか報告するの怖いな」


先ほどまでの自分の考えが恐ろしくなってきた。話したら……どうなるんだろう?根掘り葉掘り聞かれるのも結構きつい。そんなことしない子達だと思うが、やっぱり隠しておくべきか?

と、俺が湯船に浸かりながら考えにふけっていると、入口がガラガラっと開く音がした。


「お邪魔するよ」

「……公爵様?」


湯けむりでよく見えなかったのだが、入ってきたのは公爵様だった。この時間帯なら入ってきてもおかしくないか。


「仕事は終わりそうですか?」

「いや、時間はかかりそうだ。義兄さんもかなり苦労しているが、私もまだ仕事が残っている」

「陛下は大丈夫なんですか?」

「風呂も後で入るっていっていたよ。私には先に入ってくるように言ってくれてね」

「陛下も仕事を詰めすぎではないですか……」

「昔からああいう人でね。責任を感じているところもあるんだろう」


公爵様は身体を一度流した後、広大な浴槽に身を沈めた。


「はぁ〜〜生き返る……」

「お疲れのようですので余計ですよ。俺もさっき同じようなことを言いましたし」

「はっはっは。君もお疲れのようだね」

「ええ、まあ。走り回って軍を潰して、エルナを助けて戻ってきたんですから。そりゃ疲れますよ」


その後に専属メイドさんも助けに行ったしな。かなりハードな1日だった。


「そうだね。君には改めて礼を言わなければならないな。私の娘を……エルナを救ってくれてありがとう……」


公爵様は俺の方に向き直り、頭を下げる。俺の知る貴族とは違うその態度に、俺は敬意を覚えた。


「頭を上げてください。俺は自分の感情のままに動いただけです。エルナがさらわれたと聞いて、居ても立っても居られなくなりました……エルナが無事で、俺は満足です」

「君はいい人だな」

「いえ。俺はいい人ではありませんよ。自分のしたいことをするだけの、欲張りな旅人です」


少しかっこつけたことを言ってしまったか。いやかっこつけすぎか。

しかし実際、俺はいい人ではない。王国を追い出されたのも完全に計算の上だったし、それを利用して今の自由な生活を手に入れたんだからな。


「それよりも。本当に俺がエルナの婚約者でいいんですか?」


俺は公爵様に1番聞きたいことを聞く。この人は俺がエルナの婚約者であることを認めてくれているが、俺はまだ少しの不安を残していた。


「もちろんだよ。君はエルナを想って助けに行ってくれた。普通、助けたいと思っても行動できるものじゃない。私は、君にならエルナを預けられるとも……君こそがエルナにふさわしいとも思っている」

「その……旅先で他にも好きな人ができるかもしれませんよ?」

「その時は、その人も含めて結婚をすればいい。むしろ、公爵令嬢の結婚相手なら、そのくらいの甲斐性もあってもいいものだよ?」

「いや、公爵様は奥さんが1人しかいないじゃないですか」

「君は君、私は私だ。1人で満足するものもいれば、多くの妻を娶るものもいる。貴族では私は少数派だ」


確かに複数の妻を娶る貴族は沢山いるが……日本の常識に馴染んでいる俺は、はっきり言ってキツイな。そもそも複数の女性を娶るなんてこと、俺に出来るとは思っていない。


「誰か……心当たりのある人でもいるのかい?」

「い、いえ!そういうわけではないのですが……」

「まあ、そのあたりのことは心配しなくていいよ。君が他にも想う人がいても、あの子の気持ちは変わらない。それだけは覚えておいてほしい」

「……わかりました」


父親として、自分の娘のことはわかっているのだろう。もちろん、俺もエルナのことを信じている。だから心配などしていない。問題なのは俺の方だ……。


「俺が……無事に帰ってこれたらですがね……」

「……君の強さでなにかある方が私は考えられないよ……」


肩を竦め、呆れたように俺を見やる公爵様。

俺、どんだけ化け物として見られてるんですか……?





時間的には夜8時半くらい。風呂から上がり、俺は用意されていた客室でくつろいでいた。明日の早朝にはこの城を出て行く予定なので、少しでも身体を休めておきたい。

もちろん、エルナには一言言って行くつもりだが。日が昇る前なので、起きている人は少ないだろうが。


「とりあえず、荷物は収納袋に入れたから問題ないな。後は……ファル」

「ピェ!」


開けていた窓に向かって呼びかけると、 窓に柵にいたファルが室内に入ってくる。俺はファルを腕に留まらせ、先ほど書いた手紙をファルの足にくくりつける。


「これをリアに渡してくれ。明日の朝には帰るって書いてあるから」

「ピェピェ」

「ちゃんと速度と位置の把握能力を強化しておくから安心しろ。ちゃんと村にはつけるよ」


第一、単身であの村にやってきたファルなら俺の強化がなくてもたどり着けると思うが……一応保険だ。ファルは手紙を持ったまま、窓から飛び立って行った。頼もしい相棒だ。


「じゃ、そろそろ……」


ベッドから起き上がり、ごそごそと袋を漁る。エルナに渡しておきたいものがあるのだ。

俺がエルナの部屋に向かおうとした時、丁度扉がノックされた。


「ルークさん。私です。エルナです」

「エルナ?すぐ開ける」


グッドタイミング。こちらから行く手間が省けた。彼女もなにか用があったのだろう。


「すみません突然。もうお休みになられるところでしたか?」

「いや、俺も丁度エルナの部屋に向かおうと思ってたところだ」

「そ、そうですか。よかった……」

「で……なにか用があったのか?」


俺は別れの挨拶と、渡したいものがあったのだが……


「ル、ルークさんは、明日にでもここを出て行ってしまうのですか?」

「おっと勘が良すぎないですかい?」


女の子の勘は当たるいうが、この子のそれはかなりのものだろう。



「と、ということはやっぱり?」

「い、一応明朝には出て行くつもりだったけど……」

「そ、それはどうして?」

「本当は今日の昼には出て行くつもりだったんだけど……結構予定が狂っちゃってね。少しでも時間を取り戻したい」

「そ、そうだったんですか……」

「だから、これから挨拶に向かおうと思っていたんだけど……エルナが来てくれたから手間が省けた」

「よかった。挨拶もなしに出ていかれてしまうのかもと思ってしまいました」

「さすがにそこまで失礼な奴ではないよ。挨拶もなしに行くなんてことはしない」


そんな失礼なことはしない。さすがにそこまで最低のクズになるつもりはないぞ?


「次は……どこに向かわれるおつもりですか?」

「そうだな……アークツルス王国あたりに向かおうと思ってるよ」

「あそこはそれなりに治安もいいですから、楽しめるかもしれませんね!」

「確かにあんまり悪い話は聞かないな……」


嘘だ。俺は個人的にあの国が嫌い。国というか主に貴族たちなのだが……あ、王様は別ね?ちゃんと俺のこと考えてくれてたし。


「まぁ、いけばわかるさ。それよりも、エルナはなにか用があったんじゃないのか?」

「あ、そ、そうでした……」


自分の用事を忘れていたというように、話し始めようとする。が、その顔は赤くなっていた。


「こ、今夜なんですけど……一緒に寝てもらえませんか?」

「一緒に?」


おかしいな?昼間も同じようなことを言われた気がする。


「昼間も一緒に眠ってとか言ってなかったか?」

「ひ、昼間は1人では不安で……い、今はルークさんと一緒に寝たいんです!」

「そ、そこまでストレートに言われると照れるんだが……」

「あ、す、すみません……」


お互いに顔を赤くしている。なんだか恥ずかしい。


「ま、いいよ。一応しばらく会えなくなるんだから。遠慮する必要はないよ」

「……ッ、はい!」


照れたような仕草をしながら、ベッドに潜り込むエルナ。その姿は、年上とは思えないほど、あどけない姿だった。






結局、俺はエルナに渡すものを渡せずに眠ってしまった。ベッドに入った後、やはり緊張してしばらく眠れなかったが。エルナの安心しきった静かな寝息と、幸せそうな寝顔を見て、俺もなんだか眠くなり、気がついたら朝だった。まだ日が昇る前なので、他の人たちは眠っているだろう。俺はひっついていたエルナを静かに離し、村に帰る準備をする。昨日のうちに荷物はまとめたので、顔を洗面台で洗い、眠気を飛ばす。目の前の鏡にはいつも通りの顔が映る。赤と蒼のオッドアイに白髪の髪。変身状態の姿だ。


「この容姿にも慣れたもんだな……」


ここで、俺は一つ不安を覚えた。果たして本来の姿に戻った俺を、エルナは受け入れてくれるだろうか?そんな考えが頭をよぎる。


「あれ?ルークさん?」


と、そこでエルナが目を覚ましたようだ。俺の姿がベッドになかったので、俺を探して呼んでいるのだろう。


「エルナ……」

「ああ、よかった。もう行ってしまわれたのかと……ルークさん?」


俺の顔を見ると、なにか違和感を覚えたように、不安そうに俺を見つめる。顔に出ていたか。素性は話せなくても、本当の姿は見せておくべきか……。


「エルナ。少しいいか?」

「は、はい」

「実はさ……」


俺は自分の容姿と名前について、簡単に説明した。アークツルス王国を追い出されたことや、異世界人であることは言わなかったが、容姿はある事情により偽っていることを告げた。



「如月……零人……」

「ああ、それが俺の本当の名前だよ。ごめんな偽名を教えていて」

「い、いえ!事情があったのはわかっています!ですが、本当のお姿は……」

「ああ、目と髪の色が違うだけだよ。どちらも黒くなる」

「あ、そんなに変わらないのですね?」

「まぁ、色変えてるだけだし」


言われてみれば、色を変えただけでそこまで大幅な変化はしていない。いう必要あったかな?



「ま、まぁ、教えておきたかった。じゃ、最後に……」

「?」


俺は収納袋の中からとあるものを取り出す。


「これは……」

「これを渡しておくよ。通信用の指輪だ」


俺がエルナに渡したのは、緑色の宝石が埋め込まれたシルバーリング。エルナにもらったものとは違う指輪だ。


「ま、通信用っていってもお互いにメッセージ……というか言葉を転送するだけだけどね」

「言葉を……転送?」

「簡単にいうと、俺がこの指輪に魔力を込めて話すと、その言葉がエルナに届くんだよ。一応、伝えたいことは伝えられるだろ?俺は旅してるから、手紙も届かないし」


一応、エルナとは繋がっていたい。だからこその品だ。この指輪は執事の女性を助けにいった時、将軍の部屋からかっさらってきたものだ。ちゃんと消毒はしてある。


「こ、これがあれば、離れていても連絡が取れるんですね?」

「一応、1日一回しか使えないんだけどな」

「そ、そうですか……でも、嬉しいです!」


とても喜んでもらえたようだ。俺も盗んできた甲斐がある(笑)。俺は部屋の窓を開け、窓枠に足をかける。ここから少し浮遊して帝都をでることにする。


「じゃあねエルナ。色々世話になったよ」

「そんなとんでもないです!私の方がたくさんお世話になってしまって……本当に……ッ!!」


散々言われたお礼を言われそうになったので、俺はエルナの唇に人差し指を当てる


「お礼はもういらないぞ。散々言われた。これ以上は、言わないでくれ」

「……(コクコク)」


黙って首を前に振る。顔を赤くしながら、俺をじっと見つめている。


「次はいつ会えるかわからない。でも、絶対に戻ってくるからな」

「はい!ルーク……零人さんがどれだけの女性を連れていらしても、私の気持ちは変わりませんので安心してください!!」

「それは頼もしいのか、そんなことはしないというべきなのか……」


微妙な反応をしながら、俺は別れの挨拶を……


「じゃ、そろそろ行くよ」

「はい。また会えるのを……心から楽しみにしていますね……」



お互いにしばらく見つめ合い、俺は窓から跳躍し、城をあとにした。



次に彼女に会う時には、俺ももう少し大人になっているだろうか?彼女も成長をし、より魅力的な女性に……



そんな淡い期待に胸を膨らませるとともに、村にいる仲間たちのことを考えながら、に住宅街の屋根を走り抜けていく。


遠方から俺を照らす朝日が、少しだけいつもより美しく見える気がした ─── 。




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