Ep45 緊張の空間

目がさめると、辺りはすでに夜になっていた。部屋の窓から確認すると、陽はすでに沈んでいる。


(どれくらい寝てたんだ?)


一応、寝る前は昼だったので、かなり眠ってしまったようだ。ちなみに、女神様との会話の内容はちゃんと記憶している。普段なら覚えていないが、女神様がなにかしらの魔法をかけてもらったのだろう。


「あ、お目覚めになりましたか?」


天井を見上げていた俺の視界にヌッと入って来た人影。エルナだ。彼女は今、俺を上から覗き込んでいるため、綺麗な銀髪が俺の顔をくすぐる。


「エルナ……もう起きていいのか?」

「はい。ぐっすり眠ることができたので、もう大丈夫です」

「それはよかった。じゃあ質問な。俺ってベッドで寝ていたか?」


そう。俺は自分の意識が落ちる前と体制が大きく変わっている。流石に足まで上げてベッドに乗っかっているのはおかしい。


「私が少し先に起きたので、ベッドに引き上げたんです。やっぱり寝るならベッドの上でないと寝心地も悪いでしょう?」

「ああ、まあ。一理あるな」


眠るならベッドの上のほうが気持ちいい。それはわかるのだが、彼女はどうして俺に覆い被さるようにしている?


「ど、どいてくれないか?」

「ダメです。少しこのままでいさせてください」


そういって、エルナは俺に体重を預けてくる。女の子特有の香りや柔らかさが伝わってくるため、否応なく俺の心臓の鼓動を速くする。


「ルークさん、ドキドキしてますね?」

「くっ……仕方ないだろ……」


俺の胸に顔を埋めているので、鼓動をダイレクトで感じてしまうのだろう。


「よかった……。私でドキドキしてくれてるんですね……」

「密着してるから、エルナの鼓動も伝わってくるけどな」

「そ、そこは言わないでください!」


密着しているから当然だ。彼女も俺と同じように、鼓動が早くなっている。緊張しているのか。


「ルークさん……落ち着く匂いがします」

「匂いをそんなに嗅がないでくれ。まだ風呂に入ってないんだから」

「大丈夫です。変な匂いはしてませんから」

「そういう問題じゃないんだが……」


なんだ?なんだかすごい積極的なんだが……。


「……まだ不安が残ってるのか?」

「……」


エルナは無言で俺を見つめ……小さく頷いた。やはりまだ恐怖が抜けきっていないのだろう……。


「大丈夫だ。安心しろ……って何回も言ってるか。とにかく、もう危険はない」


エルナを少し抱き寄せ、頭を撫でる。すると、気が抜けたように胸に頬をすり寄せ甘えてくる。


「はい。安全なのはわかっているんですが……頭をよぎってしまうんです」

「でも、俺にできるのは安心しろと言うことくらいしかできないんだ。ごめんな、力になれないんだ」


俺にはあまり力になれることはない。これは、彼女自身で乗り越えるしかないことなのだ。


「そう、ですね。少しルークさんに甘えすぎなのかもしれませんね」

「大丈夫だよ。俺もずっとここにいるわけではないけど、いまくらい甘えても」


われながらかっこつけたことを言ってしまったか。まぁいいだろ。異世界なんだからこれくらい言わせてくれ。


「ずっと……ですか……」


少し顔を赤らめながら、俺を上目遣いに見上げる。不覚にもドキッとしてしまったぞ。かわいい。


「ルークさんは……恋人などはいないのですか?」

「う、うん?俺に?」

「はい」


俺に恋人はいないのか……って、唐突だな……。少しびっくりしてしまったが、それよりも答えに迷う。


(恋人……っていうか、初恋もまだなんだよな……)


俺は基本的に恋愛とは無縁の人間だった。学校では大抵同じやつとつるみ、女子とは必要事項以外話さず、友達と遊ぶときは基本的に家の中か好きなアニメのグッズショップなどに行っていた。


「いない。恋人とか作る気なんかなかったし、俺にできるとも思ってないからな」


あれだ。二次元のアニメを見た後にクラスの女子を見るとすごい萎えるやつだ。理想を見続けた後にクラスで人の悪口を言っている女子はとても醜く見えてしまう。


「そうなんですね……。じゃあ、好きな人は?」

「い、いや……」


言えない。恋愛経験ないなんて。未だに人を好きになる感覚とかわかんない。


「もしかして……」

「い、いや!昔はいたんだ!でも、今は好きな人はいない……かな……」


少しだけ見栄を張って答えた。流石に恋愛経験ゼロの男なんて引かれるだけだろう。


「そ、そうなんですか。ど、どんな方だったのですか?」

「へ?え、ええっと……」

「あ、思い出せないとか?」

「ああ、うん。そうなんだよ。結構昔だからな。あんまり覚えてないんだ」

「確かにあまり関わりのない人は忘れてしまうことはありますね」

「そ、そうそう」


とりあえず話を終えることはできたかな?やっぱり昔から恋愛の話は苦手だ。経験のないオタクにはキツイものがある。


「やっぱり、俺くらいの歳になると恋人とかいた方がいいのかな?」

「いえ、人それぞれですよ。大切な人は時間をかけてゆっくり見つけるものでもありますからね。そういえばルークさんっていくつなんですか?」


あれ?年齢って教えてなかったか?まあ、俺もエルナの年齢知らないし。


「16だ」

「え?16歳?」

「?そうだけどなんか変か?」


16歳に見えなかったか?そんなに歳とってるように見えてるのかもしれない。なんか複雑だが……。が、俺の考えとは違う部分に、彼女は驚いていた。


「と、年下だったんですか……」

「え?エルナの方が上だったのか!?」

「わ、私は17歳ですよ」


女性の年齢を知るのはどうかと思ったが、そうも言ってられなかった。まぁ、エルナから言ったしな。でもかなり驚いた。まさか年上だったとは。


「そ、そうだったのか……。エルナが年上……」

「なんだか不思議な感じですね。私もずっと年上の方だと思ってました……」

「まぁ、歳は関係ないだろ。別になにか変わるわけじゃないし」

「そ、そうですね。歳は関係ないですよね!」


…………なんだ?妙な空気になったな。お互いに口を開かず、それでいて居心地が悪くもない。なんだろうこの雰囲気。


「あ、あの、ルークさん……」

「な、なんだ?」


急にエルナが緊張したような声をあげながら、俺には正面から向かい合う姿勢をとる。俺もそれに習い、エルナの正面に座る。彼女の顔はかなり赤くなっている。なにを緊張しているのか……


「単刀直入に言いますね。私と……婚約するおつもりはありませんか?」

「……………………え?」





突然婚約イベントですか?





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