Ep44 英雄、夢の中
その後、帝国では色々な事後処理が行われた。襲われた村の復興手続き、拘束された将軍たちの処罰、そしてなにより重要だったのは、誘拐されたエルナのケアだった。
「……うッ……グスッ……」
「エルナ……」
公爵様が泣いているエルナを抱き寄せ、頭を撫でている。今、俺たちがいるのは白の応接室。帝都に戻ったのは3時間ほど前だったが、それから急ピッチで仕事が行われている。
「ルージュ……」
エルナが泣いている理由は、あの女執事のことでだ。彼女は今、医務室にて眠りについている。
「大丈夫だよ。彼女は眠っているだけだからね」
「でも……このまま目を覚まさなかったら……」
ここで疑問が残るだろう。いつ助けたのか?と。実は俺自身、すっかり忘れていたのだが、帝都に向かっている時に気づいたので、エルナを公爵様に預けた後、猛スピードで要塞まで戻り助けてきたのだ。エルナとは違う地下牢に監禁されていたのだが、打撲などの怪我をしているようすだった。
「エルナ。俺が彼女が早く回復するようにしたから、もうじき目を覚ますはずだ。安心しろ」
向かいの席から俺は声をかける。すぐに目を覚ますことを教えてあげれば、少しは落ち着くだろう。
「は、はい……」
「エルナも寝ていた方がいい。まだつかれは抜けきっていないんだよ?父さんたちに任せて、寝ていなさい」
公爵様がエルナの体調を気遣って、彼女に眠るように促す。確かにまだ疲れてるっぽいからな。
「わかりました。ですがお父様。1人では少し不安ですので……」
そりゃ不安か。いきなり拉致され、死ぬかもしれない恐怖と戦い続けたんだからな。となると、公爵様はここからいなくなって応接室には俺1人に……。
「では、申し訳ないが、ルーク殿にはエルナのそばにいてもらおう」
「え?俺ですか?」
なぜ俺に。ここは父親として公爵様がつくのが普通じゃないのか?
「私はまだやることが残っている。エルナを襲うとしたあの男の元にも向かわねばならないしね。仕事が山積みなんだ」
「あー、たしかにそうですね」
男のことを口にした瞬間、かなり無理に笑顔をつくったように見えた。まぁ、イラついているのはわかるがな。自分の娘が傷物にされかけたんだから。俺もあいつのことは許せないし。
「わかりました。俺がエルナのそばについておきます」
「すまないな。応接室からでてすぐ左の出れば、客人用の寝室がある。そこを使わせてもらってくれ」
と、いうことで、俺はエルナの横を歩きながら寝室に向かった。すぐ近くにあるので、歩いている途中は会話はない。今はそっとしておくべきだろう。
「じゃあ、俺はソファーに座ってるから」
寝室についたので、俺はベッドのそばにあるソファーに座り、彼女が眠るのを待つことにした。が、彼女は一向にベッドに入ろうとしない。
「?どうしたんだ?」
「あの……少しお願いがございまして……」
「お願い?」
「はい……。一緒に……眠ってくださいませんか?」
「え?」
一緒に?一緒に寝る?眠るまで?俺がエルナと一緒に……
「い、いや!!ダメだろ流石に!!誰もいないとはいえ、公爵令嬢が男と一緒に寝るなんて!」
「ですが……1人では不安で……私とは一緒に寝たくないのですか?」
「いや、そういうわけでは……」
いかん。このままではエルナのペースに乗せられてしまう……。
「………手を握るくらいでいいか?」
しばし考えた後、そんな人から見たらチキンと思われるようなヘタレ回答を提示した。
「む……わかりました。今日は我慢しますね」
今日はってなんだ。が、一応納得はしてもらえたようだ。エルナがもそもそとベッドの中に入っていき、横に座った俺の右手を白い美しい両手で握りしめる。
「すごい、落ち着きます」
「そうか」
先ほどまで動揺していたが、今の俺は動揺していない。握られた右手から、彼女がどんな心境なのかを察してしまった。握っている両手が小刻みに震えている。
「大丈夫だ。今はもう誰もエルナを襲ったりしない。そばにいるから安心しな」
「ルークさん……」
目尻に涙を浮かべながら、エルナは俺を見つめる。たしかに、恐怖体験をした後では1人で寝られないな。すこしずれているかもしれないが、恐怖映像を見た後の夜は1人で寝られない。俺がそういうタイプだ。しばらく彼女の頭を撫でていると、穏やかな寝息が聞こえてきた。安心しきって眠ってしまったようだ。助け出してから寝て起きてを繰り返しているが、身体の方は休めていなかったのだろう。これでしっかりと休めることができるはずだ。
「なんだか俺も眠くなってきたな」
思えば、俺もずっと走りっぱなしで疲れているようだ。一眠りしたいところだが、ここで寝てはエルナの安全を任された身として眠るわけにはいかない。が、俺の意思とは関係なく、瞼が自然に下がってくる。
(お、起きていない、と……)
俺は眠気に抗いながら、エルナの寝顔をちらりと覗く。とても心地の良さそうな寝顔をしている。が、それを見た途端に限界が訪れる。どうやら寝顔につられてしまったみたいだ。
「限界だ……」
彼女の寝顔を最後に、俺の意識は闇に沈んだ。
◇
俺が気がつくと、知らない場所にいた。ここは一体どこだろうか?薄暗い室内だが、見たことがあるような……。
「おっと、お目覚めのようだね」
俺の正面から、美しい女性の声が聞こえた。この声は記憶にある。なつかしいというか久しぶりというか……。
「女神様ですか?」
「君的には久しぶりになるのかな?私はそんなでもないんだけれど」
そう。俺をこの世界に送り込んだ女神様がいたのだ。相変わらず綺麗な容姿をしている。水色の瞳に同色の長髪。性格は置いておくか……だらだらしている人らしいし。
「気がついているかもしれないけど、ここは君の精神世界だから」
「精神世界ですか?」
「そ。簡単にいうと、君の夢の中に私の意識を割り込ませているのさ」
「あーなるほど」
夢の中の会話ということか。起きたら忘れていそうだな。
「で、どうしてここに?女神様が来られるようなことはしてないと思うんですけど」
「退屈だったからね。君の周りが一段落したからちょうどいいかと」
「暇つぶしにくるなや」
どんだけ暇な人なんだろうか。俺はそこまで暇じゃないし、疲れているから素直に寝ていたい。
「ま、暇だったことは否定しないけど、話して起きたかったこともあるんだ」
「というと?」
「君にあげた力のことだよ」
俺がもらった力というと、【強化】のことだろう。結構使いこなせているはずだが、なにか問題でも?
「あの力は魔法ではないことを前に説明しただろう?」
「ああ、はい」
あれは女神様からのプレゼントなので、魔法には分類されない力なのだという。
「あの力だけどね。あんまり限界を超えた強化はしないほうがいいよ」
「え?なんでですか?」
「君……というより、あの力を使っているからわかると思うけど、大体100倍くらい基準になってるんだ」
「え?」
「おっと知らなかったのか。続けるよ?100倍を超えると君には多少の負荷がかかるんだ。いきなり現れるわけではないから、気づいていなかったのかもしれないけど」
そ、そうだったのか……。まぁたしかに、代償のない強大な力なんて存在しないしな。
「なにが代償になってるかは私にもわからない。使用者によって、代償は変わってくるからね。っと、そろそろ時間かな?」
「何かあるんですか?」
「いや、私の部下がくるだけだよ」
「あ、部下なんていたんですね」
「失礼だな。私も一応神様なんだからな?」
女神様だということを忘れそうになるが、一応神様だったな。一応。
「今日は力のことだけ伝えたかっただけだから、くれぐれも忠告を無視しないようにしてくれよ?」
「了解しました。ご忠告を胸に刻んでおきます」
女神様にお礼を言った後、女神様の姿が見えなくなり、それと同時に、俺の意識も暗転した。
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