Ep40 英雄、鉄槌を下す
さあ、処刑の時間だ」
震えているエルナを抱きながら、俺は男が吹っ飛んでいった壁の方へと言葉を放つ。俺はかなり怒っている。正直、容赦とかそういうものは一切するつもりはない。
「い、痛ってぇ……。一体何が……」
男が砂埃の中、身体を痛そうにねじりながら座り込んでいる。壁にかなり強めに激突したはずだが、痛いだけで済んだようだ。
「っと、公爵令嬢は?」
すぐにエルナを探そうと、あたりを見回している。俺といることに気がついていないのか、はたまた砂埃で見えていないのか。
「お!いた……な、なんだお前は!!」
いまさら気がついたのか。周囲を認識したり、物事を把握する力がかなり劣っているようだ。賢いやつならこんなとことでエルナを襲おうしていないか。
「お前さ、エルナに何するつもりだったんだ?」
俺はこの下衆な男に質問を投げかける。エルナをどうしようとしていたのかは大体理解している。が、こいつの口から事実確認してからじゃないと気が済まん。
「そ、そりゃ、いい女が地下牢に無防備に捕まってるんだ。当然ヤッてやろうかと……」
”ドス”
男が言葉の先を口にしようとした瞬間、俺は男に落ちていた石を投げつける。
「あッ……カッハ……」
「悪いな。耳が腐るかと思ったんだが、もう一度説明してもらえるか?」
エルナを左腕で抱きしめながら、空いた右手で石を投擲。その速度を何十倍にも【強化】し、男の胴体に打ち込んで行く。
「ガッ……!」
「ああ……羨ましい……」
こちら側に約1名、男の仕打ちを羨ましそうに眺めている者がいる。いや、者ではなく物か。変態もここまで行くとやばいな。
「少し黙ってろ。雰囲気が狂う」
「だ、だって見てみろよ!あんなに身体をくの字に曲げて……あんな体験して見たい……」
「メンドクセーなお前。後で叩きつけてやるから我慢しろや」
「了解した!」
だんだんこいつの扱い方がわかって来た。何かしらのダメージを与えてやると、こいつは大人しくなる。扱いやすいが扱いにくい。俺はSでもMでもない。いたって普通の人間だ。
「あ、あのルークさん。この方は……」
「ああ、気にしなくていいよ。単なる変態だから」
「は、はぁ……」
エルナまで奇妙な物をみる眼差しで男を見ている。……いや?なんだか不思議そうに見ているのか?だとしてもこの表情は……。
「おっと。へばったみたいだな」
そんなことをしているうちに、エルナを襲おうとしていた男が息を乱れさせながら立ち上がろうとしていた。
「ハッ……ハッ……い、一体……なにが……」
「そうか。自分がされていたこともわからないのか」
どうやら戦闘もからっきしのようだ。女子どもは襲えても、強いものには太刀打ちできない輩なのだろう。全くつまらない。もう少し抵抗してくれた方が潰し甲斐がある。
「お前は石を当てられていただけだ。そのほとんどは命中して、お前の骨は砕けているだろうなぁ」
「そ、そんな……石が……」
やられていたことを理解し、俺との実力の差を理解したのだろう。絶望したようにその場に崩れ落ちた。
「さて、実力の差は理解しただろう?その上で聞こうか。お前は何をしたのかをわかっているのか?」
男の顔色が変わった。脂汗を額に滲ませ、歯がカタカタと震えだす。察したようだな。俺がいまどんな気持ちなのか。
「わ、悪かった!あんたの女だとは知らなかったんだ!!」
「ル、ルークさんの……」
エルナが若干頬を染めながら、顔を隠してしまった。その反応はどうなんだ?
「俺の女じゃない。が、彼女は俺の大切な人間だ。その彼女に手をかけようとしていたお前は……わかるよな」
男は更に顔色を変え、真っ青になって行く。血の気が引いたのだろう。当然だ。
「俺はお前を許す気はない。エルナの意思もあると思うが、これは俺の個人的な感情だ」
「ルークさん……」
正直に言えば、この場で八つ裂きにしてやりたいくらいだが、そうもいかない。俺もかなり怒っているが、このことが帝国に知られれば、父親である公爵様自ら鉄槌を下すことになるだろう。
が、ここで男は最後の足掻きをして来た。
「ち……畜生!!」
男は突然叫んだと思うと、腰の持っていた筒を俺の方向に向けて来た。あれは……魔導具だろうな。
「ルークさん!」
エルナが叫び、俺を守ろうと抱きしめて来た。が、俺はそれを優しくほどき、男の前に進み出た。
「食らいやがれ!!」
向けられた筒から、炎の玉が射出される。それは真っ直ぐに俺へと向かってくる。このまま直撃すれば、俺は丸焦げになるだろうな。
俺がなんの対策もしていなければの話だが。
「お、おい!?」
ロブスター野郎も叫ぶが、俺は真っ向から炎の玉を受けた。炎は俺を飲み込み、その場に大きな火柱を作った。
「ッハ!まさか俺と一緒でこの快感を味わうことができるようになって……!」
「ちげぇわくそマゾ野郎」
なにも喋らないようにしようと思ったのだが、変な解釈をされたくなかったので声に出し奴を罵倒する。言った瞬間、いい笑顔を作りながらグッと親指を立てる。ふざけた野郎だな全く……。
「だ、大丈夫なのですか!?」
「ああ。心配はいらないよエルナ」
エルナは心配そうに俺……がいる火柱に話しかけてくるので、問題ないと伝える。不安そうな顔をしていたが、すぐに炎も消えるので安心してほしい。
すぐに炎は消え、中から無傷の俺が悠々と佇んでいる。この演出はかなりかっこいい。厨二心がくすぐられるだろう?悪役を前に、火柱の中から出てくるヒーロー。素晴らしいな。
「な、なんで無傷……」
「対策はしてあったんだよ。お前は詰んだな」
公爵様はかなりの魔道士だ。そんなお方の付けた魔法耐性の加護。こんな安っぽい魔導具の魔法ごときが破れるわけがない。まさに焼け石に水だ。
「さて、前置きはこれくらいでいいだろ」
「ま、待ってくれ!!い、今のは冗談だったんだ!!」
「黙れよ……」
俺が声を低くし、殺気を全身から放つと、男は涙目で口を閉じた。
「お前の罪はそこじゃないんだよ。いいか?エルナに手をかけようとした。これだけでお前の処罰は決定していたんだよ」
「そ、そんな……」
「というわけだ。おいロブスター」
俺は転がっているロブスター野郎を呼びつける。これからこいつで男に制裁を与える。
「ん?なんだ?」
「こっちにこい。お前を使う」
「はっはっは。俺のご褒美タイムというわけだな?」
「あ、うん。そうそう」
相手をするのも面倒になって来たので、適当に遇らう。とりあえず右足を掴み、男に向かって振りかざす。
「最後に……なにか言うことは?」
「い、命だけは……」
「それは保証できん。衝撃【強化】」
【強化】したロブスター野郎で男を横に殴り飛ばす。何倍にも増幅された衝撃が前方に伝わり、地下牢を半分ほど吹き飛ばす。
”ドゴオオオオオオオオオン!!”
地上にも響いたであろうこの大音響は、周囲に飛んでいた鳥たちの進路を変え、要塞に残っていた幹部たちを更に困惑させていた。
男は空高くに吹き飛び、場外ホームラン並みにぶっ飛ばすことに成功した。かなりスッキリ。
「ふん。ふざけた真似をするからだ」
ちゃんと回収ができるように、奴にはこっそりと【強化】を付けておいたのだが。
彼女に手を出そうとするなんて、許せるはずがないが。エルナは俺の……なんだ?俺のなんなんだ?ちょっと待て。どうして今回俺はこんなにキレていたんだろう?彼女が酷い目に合いそうになったからなのは言うまでもないことだ。が、それにしてはキレすぎな気もしなくは……
「ルークさん」
俺が考えにふけっていると、後方からエルナに声をかけられた。なんだ?なんだか緊張する。鼓動が速くなっていくのが伝わってくるようだ。
「どうし、た……」
エルナは俺の胸に飛び込み、顔を埋めてしまった。
「ありがとう、ございます……。助けてくれて……本当によかった」
俺の胸で嗚咽を漏らし始めてしまった。俺の心臓の鼓動は正常のリズムへと戻った。なるほど。緊張していたのは彼女がとても心配だったからか。
「もう大丈夫だ。俺がいる。安心しろ」
「……はいっ」
俺はエルナが泣き終えるのを待ちながら、彼女の頭を撫で続けた ── 。
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