Ep39 公爵令嬢の危機 side2
少し前。
「よし。あれが要塞だな」
俺はアルヘナ軍の本部である要塞を目の前にしていた。黒い外観と数多ある大砲がとても目立つ、なんとも悪趣味な要塞だ。見るからに悪役の根城って感じがする。
「つ、ついたのか?」
「ああ。というか、あんだけぶつけたのにまだ意識あんのか」
ここに着くまでにかなり岩とか地面にぶつけてきたのだが、意識がはっきりしている上にやたらとピンピンしている。流血はそれほどではないが、擦りむいたりはしているかもしれない。
「治癒力【強化】
俺はロブスター野郎の治癒力を【強化】し怪我を治してやる。
「……え」
「あ?どうした。治してやったんだが?」
なにか不満があるのか?妙に大人しくなったが……。
「あああああぁぁぁ痛みがぁぁぁぁぁぁ!!」
「うるせぇな!なんだってんだよ!」
突然叫びだしたこの馬鹿を怒鳴りつける。耳に響く声だな全く!
「さっきの痛みが絶妙だったのに!」
「クッ……この腐れ変態マゾ野郎が……」
扱いに困る。痛みが消えて嘆く奴なんて初めて見たぞ……。
「……っと、やべ。時間がないんだった。おい!痛みは後にして行くぞ」
「後でちゃんと戻しておいてくれよ!」
「わかったから黙れ!」
とりあえず地面に叩きつけておく。鼻血を出しているが、顔は心底嬉しそうだ。
「魔法の結界とかは張られてないか。そこまでの注意はしてなかったんだろうな」
要塞の周囲には魔法による結界が張られている形跡はない。正直、魔法を張られていたらかなり厄介なことになっていただろう。
「おっし、行くか!」
俺は気合を入れ直し、要塞に正面から突撃することにした。
「な、なんだお前は!」
おっと警備兵に見つかってしまったようだ。かなり軽装な装備だが、舐めているのか?戦争ではしっかりとした装備を身につけるのが基本だろ?
「吹っ飛べ」
俺は瞬時に警備兵の懐に詰め寄り、がら空きの顎にアッパーを食らわせる。
「ガッ……!」
拳が顎を撃ち抜いた瞬間、骨の砕ける感触がした。どうやら顎が砕けたようだ。そのまま宙を舞い、頭から地面に落ちていった。
「流石に死んではないぞ。後遺症とかあるかもだけど」
流石に死ぬようなことはないが、かなり痛いはずだ。顎も砕けたので、しばらくは食べ物を咀嚼することもできない。……食い物が食えないのはきついな。
「おい!なんで俺で倒さないんだ!?待ってたんだぞ!!?」
俺が拳で警備兵を倒したことに腹を立てているようだが、俺は無視する。相手にしていられん。が、やかましいので要塞の壁に叩きつけておく。
「oh…」
大人しくなった。これで集中できるな。確か王子の話では、地下牢にエルナが幽閉されている可能性が高いということらしい。なら、俺はその状況を確認する必要がある。
「聴力【強化】」
俺の耳から入る音の情報を最大限集める。それも、地下に意識を集中して。今の俺の聴力は通常の100倍。細かな音でも聞き逃すことはない。
「……色々入ってくるな」
この状態での難点は、必要のない音の情報も入ってきてしまうということ。今もなお、会議中の声や、焦っている男の声。兵士が歩く音などが聞こえてくる。
その膨大な音の情報から、エルナに繋がる情報を探り出し……
「…………は?」
聞こえてきた。俺の耳に聞こえてしまった。この要塞の中、地下牢の中から、彼女の声が聞こえた。
「なにやってんだ?おいおいおい。まさかそういうことか?」
俺の耳に聞こえてきたのは、エルナの悲痛な叫び。推測できる状況は、エルナが傷つけられそうになっている。恐怖に怯えている。
「おい。ロブスター」
「はぁ、はぁ、ん?」
「いまからここを一気に潰す。だから、お前を叩きつけるのは少し後だ。いいな?」
ロブスター野郎は少しの逡巡を見せ、やがて、笑顔で俺に返答を返す。
「了解だ。お前の本気を見せてやれ」
「後で思い切り使ってやるよ。だから、まずは見とけ」
俺は一歩前に踏み出し、要塞の壁に手を添える。そしてそのまま、一気に拳を振りかざし……
「崩壊しろ。衝撃【強化】」
要塞の壁に拳を打ち付ける。瞬間 ── 。
”ドゴオオオオオオオオオン!!!”
要塞の半分が音を立てて一気に崩壊した。軍の連中がいると思われる場所は外したから問題ないだろう。
「出てきたか。本部も兵士が多いな」
崩壊した建物の横から、兵士達が出てきた。崩壊があった建物の隣には兵士の宿舎とみられる建物があった。やはり本部ということあって、兵士の数は多い。
「あ、あいつがやったのか!?」「あんなガキが……」「む、迎え撃つぞ!」
かなり動揺しているようだ。指揮が全く取れていない。リーダーらしき人物は全く見えない。死んだか?ま、どれだけ人がいようとやることは変わらない。
「悪いが急いでるんだ。3秒な」
その言葉に、兵士達が唖然とするが、俺は構わず攻撃を仕掛ける。時間が惜しい。文字通り秒殺だ。
「飛べ」
俺が唱えた瞬間。たくさんの兵士達が空高く舞い上がった。あとは自由落下により死亡だ。いや、死ぬような高度にはしていない。身体を強く打ち付けるので、かなりの負傷は負うだろうが。
「やっぱりすごいな。かなりの実力の持ち主……もはや化け物だ」
「やめろ。とにかく地下牢に向かう。この下だ」
俺たちがいるすぐ真下から、エルナの声が聞こえる。今は音が小さくなっているが、時間の問題だ。
「今行く」
その言葉とともに、俺は地面を打ち抜き地下に着地する。どうやら、隣の牢屋に来てしまったようだが、声は確かに隣から聞こえる。
と、そこでエルナの小さな悲鳴が聞こえ ── 。
「何しようとしてんだゴラッ!!」
聞こえて来た悲鳴に、俺は構わず目の前の壁をロブスター野郎で殴り飛ばし、そのまま衝撃を一点だけ【強化】。
「あっはああああああ!」
「うぐおアアアアアアア!!」
2つに絶叫(片方は歓喜)と共に、エルナに手をかけようとしていた男が吹き飛んだ。そのまま反対側の壁に激突したので、その隙にエルナの元に駆け寄る。
「ル、ルークさん……」
「エルナ、お待たせ。怪我はないか?」
エルナが涙目になりながら俺に抱きついてくる。ここまでこの娘を恐怖に晒すとは……。
「さあ、処刑の時間だ」
俺の怒りは頂点に達していた。
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