Ep38 公爵令嬢の危機
アルヘナ軍自国要塞。その地下牢。
「……なにかあったのかしら」
エルナは疲れ切った顔をしながら、上の階が騒がしくなっていることに気がついた。先ほどまでの静寂とした雰囲気ではない。間違いなくなにか起こっているのだ。
「もしかして、助けが……!」
エルナはその可能性に縋り付くように呟く。助けが来れば、この状況も変わる。いつ、殺されるかもわからない状態では、疲労も恐怖も蓄積して行くばかりだ。
「早く……助けが来るといいのだけれど……」
1人ぼっちの薄暗い牢の中。幸い、手錠などはされていないのだが、食事などは一切取っていない。人質に食事を摂らせる気などないのだろう。と ── 。
「元気か?お嬢様よ」
1人の軍人と思われる男が地下牢に降りて来た。この男は……
「あなた、私をさらって来た男ね?」
「お!覚えて来れてたのか?いやぁ〜嬉しいね〜。もしかして気がある?」
「気持ち悪いことを言わないでもらえるかしら?」
心底気持ちの悪いことを言う男だ。この男は、エルナの馬車を襲い、彼女をここに誘拐して来た男なのだ。薄汚い笑みを浮かべながら、エルナのいる牢屋の前までやって来た。
「なあ、聞いたか?軍の本体がぶっ潰されたらしいぜ?」
「え?」
エルナはその情報を聞き、驚いた。軍の本体が壊滅したとなれば、帝国の騎士団が圧勝したと言うことだ。
「そう。すでに帝国が騎士団を出動させたのね」
「いや違う。帝国は騎士団を出したわけじゃねぇ」
「?どういうことかしら?」
騎士団を出していないとすると、一体なにが………。
「なんでも、謎の2人組が壊滅させたらしいぜ。全く、とんでもない野郎達だ」
「なッ!たった2人が!?」
2人だけで軍の本体を壊滅させるなど、尋常ではない戦力だ。普通ならありえない。だが、その話を聞き、一つの可能性をエルナは考えた。
(まさか……ルークさん?)
そんな戦力を持っている人物は、彼しか思いつかなかった。父親である公爵から聞いた話では、骸骨の軍団を1人では殲滅したそうだ。それほどの戦力を持つ彼なら……。
(だとしたら、そのもう1人って言うのは?)
そこがわからなかった。彼は以前1人で旅をしていると言っていた。もしかしたら、あの後一緒に行動する仲間ができたのかもしれないけれど……。
「ま、そんなことはどうでもいいんだ。お嬢様よ。ここはもうすぐ壊滅するぜ?」
「……でしょうね。その人が攻め込んで来たら、ここは終わるわ」
軍を壊滅させる力を持った人物など、手に負えるはずがない。
「ああ。だからよ。俺は最後にいい思いをしておくことにしたんだよ」
「いいこと?」
「ああ。どうせ潰されて捕虜になるんだ。だったら最後に、女を抱いておいておくもんだろ?」
「……まさかッ!」
エルナはこの男が何をしようとしているのかを察し、いち早く牢の隅に逃げた。こんな行動、無駄でしかないが、せめてもの抵抗だ。
「へへへ。お嬢様みたいにいい女を最後に抱けるなんて、俺は運がいいぜ」
「げ、外道が……」
「無駄だぜ〜。軍が壊滅した報告があったのはつい20分くらい前だ。少なくとも、ここに着くには馬で30分かかる。そいつらがどれだけ強くても、ここには着かねぇよ」
男の手がエルナに伸びてくる。
「さ、観念しな。お嬢様」
「……嫌よ!」
「諦めが悪りぃな〜。無駄だって言ってるだろ?」
男に腕を掴まれ、その場に投げ出される。その際、地面で腕を擦りむいてしまい、うっすらと白い肌に血が滲んだ。
「キャッ!」
「さーて、どう食べてやろうか……」
エルナは目をギュッと瞑り、恐怖に耐える。自分がこれからされるであろう仕打ちに、覚悟を決めるように。男の手がエルナの服に伸ばされ、その白く美しい肌を晒される。寸前 ── 。
”ドゴンッ!!!”
突如、地下牢……要塞全体に大きな音が響き渡った。これは……壊れる音。
「はぁ!?な、なんだこの音は!!」
「……」
男の手は驚愕に震え、エルナには触れていない。エルナも本来距離を取るべきなのだろうが、その音に夢中で、その場から動けなかった。が、すぐに男が我に帰り、再びエルナにその手を向ける。
「クソッ!時間が無ぇ!」
「キャッ!」
エルナの腕が引かれ、男がエルナの胸部に触れそうになる。が、── 。
”バキィ!!”
突然壁が砕ける、と同時に ── 。
「うぐおアアアアアアア!!」
エルナを掴んでいた男が後方に吹っ飛んだ。そのまま男は牢屋の柵をぶち抜き、反対方向の壁に激突した。
「い、一体なにが……ッ!!」
エルナが状況を確認しようと舞い上がった砂埃に注意を向けると、そこには自分の待ち望んだ少年の姿が捉えられた。
「あれ?嫌な予感がしたから壁ごと吹っ飛ばしたんだけど……」
完全に自分のやったことを確認しながら、とぼけるように呟く。その右手には、なぜか愉悦に満たされたような顔をした男の足が握られている。頭から血を流しているが、嬉しそうだ。
「ル、ルークさん……」
「エルナ。お待たせ。怪我はないか?」
エルナの待ちわびたルーク……もとい如月零人が笑顔をみせながら立っていた ── 。
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