Ep37 英雄、無双タイム



(ここは……)


アルヘナ軍自国の地下牢。その一室で、エルナ=レイステンは目を覚ました。まだ意識が戻ったばかりなので、思考がうまくまとまらない。だが、そんな状態でも、自分の置かれている状況は把握することができた。


(私は……捕まったのね)


花畑で、心地のいい時間を過ごしていた時だった。以前襲われてから、護衛の数も増やし、更に魔法による加護もつけていたのだが、それらも悉く破られた。


(これから……どうなるのかしら)


不安が頭の中を支配していく。一体誰が自分をさらったのかもわからない。奴隷として売られるのか、見世物小屋に送られるのか。どちらにせよ、悲惨なことに変わりはなかった。


(護衛や、ルージュたちも……)


自分とともにいたのだが者たちもいない。他のところにいるのだろうか?それとも……


(ダメ。絶対に生きているわ。そんなことを考えては……)


最悪の結末を思い描いてしまい、思考を中断した。しかし、一度浮かんでしまった不安は、そう簡単には取り除けない。


(大丈夫よ。きっと助けは来る)


エルナは、1人の不安でいる中、助けを待ち続けていた ── 。





「んで。なんでお前がいるんだ」


俺は帝都の門まで来た時、今朝方に見かけたバカに遭遇した。


「おいおい!つれないこと言うなよ!どっかいくんだろ?俺も連れてけ!」


ニカッといい笑顔を作り、俺に語りかける男。今朝、俺が門で待っている時に話しかけた男だ。あの剣士の。


「俺は重要な案件で出かけるんだ。邪魔になるから失せろ」

「ふおッ!!い、いいぜ。それでも付いて行ってやる!」

「人の話し聞いてんのか!?ぶっ叩いて気絶させるぞ!?」


こいつは殴らないとわからないやつなのかもしれない。いや、もう殴るべきかも……。


「……」

「なんで黙る」

「殴ってもらえるとお聞きしました」

「気持ちわリィ!!」


違った。こいつは殴ったらエスカレートする奴だわ。こんな典型的なM野郎がいたとは……。


「やばいなお前。なんていうかやばいわ」

「ははは。そんなに言うなよ。興奮する」

「死ねッ!!」


鳩尾を殴りつける。男は笑顔で悶絶している。きっしょ。


「はぁ、はぁ、これは……中々……」


こいつはどこまでも付いて来そうだな。ていうかすでに1分はロスしている。


「クソ!時間がない!おいお前!」

「はぁはぁ……ん?」

「マジで付いて来る気か?」


最後に聞く。もう連れて行くしかないのか?


「あったりめーよ!役に立って見せるぜ!」

「よしわかった。死ぬなよ?」

「え?」


こいつの意思は受け取った。なんのために俺に付いて来るのかわからんが、ここで時間を失うわけにはいかん。


「硬度【強化】、速度【強化】、打撃力【強化】、腕力【強化】」


あらかたの強化を終え、俺はスタートダッシュを決める姿勢をとる。今までの比じゃないほどの強化だ。こいつも頑丈にしたから、大丈夫だと思う。


「なにしたんだ?」

「なんでもいいだろ。最後に一つ」

「ん?」

「名前教えろよ」


こいつの名前を聞いていなかった。死ぬかもしれん奴だ。名前くらい覚えておいてやろう。Mだけど。


「まだ名乗ってなかったな。俺の名前はロブス=レンジャーだ!」

「覚えたぜ。ロブスター・・・・・!」


名前間違えてるっぽいが、知るか。俺は一気に加速する。その速さは、常人のものには見えないほどの速さ。俺はロブスターの足を片手で持ちながら走っている。この男、確実に喜んでやがる。


「これはすごいいいいい!!!!」


たまに地面にぶつけると、


「はぁ、はぁッ、至高……」


なんか手放したくなってきた。が、我慢しよう。不快な思い満載で、俺は軍の本体に向かって更に加速した。





「帝国の動きはどうだ?」


アルヘナ軍自国内、要塞のとある一室。1人の屈強な男が、周りに座っている幹部の1人に話しかける。


「特になにも届いておりません。あやつらは臆病者ですからね。我々に対して戦線布告などもしておりません」

「ふん。所詮は平和気取りの弱小国だ。公爵令嬢ごときで動きはせんのだろう」


彼らはアルヘナ軍自国の統率者とその幹部たち。この戦争を引き起こそうと立案したものたちだ。


「しかし、油断はできませんぞ?なにか、策があるのかもしれません」

「なあに。その策とやらがあったとしても、戦況を変えることはできんだろ」

「すでに、近隣の村などは制圧いたしました。本体は後1日もすれば、帝都に到着するかと」


帝国の領地にある村の大半は、アルヘナに制圧されてしまった。彼らはすでに勝ちを確信しているような雰囲気だ。村を制圧されてもなにもしてこないとなると、降伏したも同然だと考えているのだ。


この後、この戦況が一変するとも知らずに ── 。


「ほ、報告します!」


1人の若い軍人が、部屋に入って来るなり慌ただしく報告を告げた。


「一体なんだ?帝国が動きを見せたか?」

「いえ!分かりません!ですが、軍の本体が半分以上やられました!」


その報告に、一同は唖然とし、報告の内容を疑った。


「そ、それは本当のことなのか?」

「はい!すでに、本体は壊滅状態。なんとか伝令を伝えにきたものも、先ほど気を失いました」



室内が驚愕と焦りに包まれる。

この報告に、自分たちの行動の愚かさを思い知ったかもしれない。帝国に喧嘩を売るべきではなかった。いや、怒らせてはいけない者を怒らせてしまったことなど、彼らは知る由もないのだ ── 。





「オラぁぁぁ!!」


俺は向かって来る軍人たちを次々と倒して行く。


「あははははっはぁ!す、すごいぞ!こんな体験初めてだ!!」


右手で歓喜の声を上げている棍棒を持って。こいつは非常にうるさいが、結構役に立つ。キモいがな。


「おい!うるさいから少し静かにできねぇのか!」

「仕方ないだろ!あっはぁ!こんなの初めてなんだから、おっフォ!!」


ロブスターを振り回し、をぶっ叩いて昏倒させて行く。しかも目にも留まらぬ速さで。もうすでに2000は潰したか?が、まだまだ数は多い。


「重力【強化】!」


俺は一気に数を減らすため、広範囲に渡り重力を【強化】。死ぬほどではないが、骨が折れたりして動けない。完璧な力加減だ。が、これに意を唱えるものが一名……1本。


「あああああああ!俺の玩具たちガァァァァァァァァァァァァ!!」

「うるっせえなてめぇ!!これでも食らってろ!!」

「あっはあん!!」


うっとおしいので地面に叩きつける。痛みはあるだろうが、【強化】しているので、全然問題ない。むしろこいつにはご褒美か?


「なんなんだあいつらは……」

「たったひと……2人でこの数を……」


驚愕しているが、一瞬人数間違えたな。わかるけれども。ほとんど俺1人で倒してるからな。こいつ単なる棒だし。


「棒ならもう一本……」

「それ以上言ったらそれへし折るぞ」


わかるぞ。その先は言わせたらダメだ。というか、こいつ使ったストレス発散も十分だろ。あとは、俺1人で……。


「魔法部隊!奴らに攻撃しろ!!」


おっとここで魔法部隊が来たか。俺1人では魔法は防げないな……こいつ使うしかないのかよ!


「おいロブスター。今から魔法が来るけど、お前は防げるか?」

「フッ。俺を誰だと思ってんだ。魔法くらいご褒美だ」

「おっけわかった。じゃあ防げよ」


大丈夫らしいので、俺は魔法を避けないことにした。こいつで打ち返す。


「放て!」

『おおおおおおおおおお!』


一気にいろんな属性の魔法が放たれた。が、こいつは受けきるといった。(言った?)なら、俺はこいつを男として信用してやろう。


「死ぬんじゃねーぞ!!」


飛んで来る魔法を打ち返す。打ち返す、打ち返す、打ち返す、打ち返す!!


「ば、バカな!」「なんだあれは!」「本当に人間なのか?」「なぜ嬉しそうにしている!!」


一つ変な驚きが混じっていたが、防げているから問題ない。公爵様に魔法耐性つけてもらってよかったな。


「終わりだな。重力【強化】」


先ほどと同じように、だが、【強化】を先程よりも強くした重力強化範囲を展開。骨が折れたくらいでは、魔法を放たれる可能性がある。なので、今回は確実に気絶するほどの強さだ。もしかしたら死んだものもいるかもしれないが、それは戦争なので仕方ない。ナムナム。


「さて、これで終わりか」

「はぁ、はぁ、す、素晴らしい……」

「いい加減キモいから黙れや」

「おおう……いい言葉責めだ……」


よし。無視しよう。これ以上は俺がおかしくなる。


「次は要塞だ。一気に行くぞ!」

「お、おう……オッフ……」



エルナの元まであと少し。俺はロブスターを引きづりながら、要塞を目指した ── 。






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