Ep36 英雄、話し合いを

「エルナ=レイステンが人質にとられた」


その言葉を聞いた瞬間、俺の中から何かが抜けて言った気がした。なんて言った?エルナが?人質?なんでそんなことになってんだよ……。


「どうして……そのようなことに?」

「アルヘナの奴らはおそらく、帝国が戦争を回避する方針をとると思ったのだろう。そのため、我の姪であるエルナを人質にとれば、戦争をせざるを得ないと考えた、ということだろう」


なるほどな。そのアルヘナって国は随分とイかれているようだ。


「公爵令嬢は一体どこで拉致されたのでしょうか?」

「それはわからん。が、あの子はよく外に出かける子だった。今回も、その最中に ── 」

「失礼します!レイステン公爵様が来訪されました!」

「む。通せ」


皇帝陛下は公爵を呼んでいたようだ。

それもそうだろ。公爵っていうと、エルナの父親のはず。なんか緊張してきた。


「陛下。急な来訪申し訳ございません」


応接室に入った瞬間、公爵は頭を下げ、皇帝陛下に謝罪をした。中々出来た人物のようだ。そこらの傲慢貴族とは大違い。


「よい。頭を上げよ。此度のことは、そなたが1番心を痛めておる。無論、我もだがな」

「御心使い、感謝いたします」


なんだろう。義理の兄弟って感じではないな。一国の王と公爵なら、この距離感が正しいのかもしれないけど。


「この場には我らしかおらん。口調を崩しても良いぞ」

「え?いやしかし」

「よい。この場にいるものは、皆信頼できるものだ」


俺まで信頼できるのか。会ってまだ数十分だが、どんだけ人を信用するのが早い人なんだ?


「・・・わかりました。義兄さんのいう通りにします」


お、砕けた敬語になったな。さっきの口調は俺たちがいるから遠慮していたのだろう。仲はいいみたいだ。


「して、どのような要件だ?」

「エルナの奪還に向かわせて欲しいのです」


へぇ……。随分と自信があるようだ。確か、元々魔道士だったか?


「確かに、クリスが行けば軍の戦力をかなり減らせるだろう」

「では!」

「しかし、それは生きて帰ってくるという前提がない状態でだ」


戦争で、功績を残す戦いをしたとしても、何かしらの傷や障害を負う可能性が高い。最悪、死ぬ可能性もあるのだ。いや、死人のいない戦争なんてほとんどないけど。


「ですが、私は娘を取り戻したいのです」

「それはわかっておるが、お主が死んでは元も子もない。なにか、他に案を── 」

「皇帝陛下。少しよろしいでしょうか?」


皇帝の言葉を遮り、騎士団長のロイドが進言する。


「どうしたロイド。なにか案でも?」

「はい。こちらにおられる、ルーク殿をお連れしてはどうでしょうか?」


おっと、急に俺にきたな。さっき戦争に参加しないって言わなかったか?


「いやしかし、ルーク殿と言ったか?戦争には参加しないと……」


覚えていたか。確かに戦争には参加しないぞ?戦争には・・・・。


「皇帝陛下」

「な、なんだね?」

「私は戦争には参加いたしません。ですが、公爵令嬢の・・・エルナの奪還には参加しないとは申しておりません」


俺は今結構イラついている。エルナが人質にされたと聞いてからずっとだが。


「……そなたは、エルナと面識があるのかね?」

「これを」


俺は先程から服の中に隠れていたファルを腕に留まらせた。どこ行ったかわからなかっただろう?


「た、確かエルナが買っていた!」

「公爵様は存じられておりますか。この隼は、公爵家の紋章が入った金具をつけております。それと……」


続けてエルナに貰った指輪をみせる。これは随時つけていたのだが、わざわざ人のつけてる指輪に集中するような輩はいないので、気づかなかっただろう。


「以前、エルナに貰った指輪です。こちらにも、公爵家の紋章が入っております」


これで、エルナとの面識があることは信じてもらえただろう。が、公爵は俺の指輪を見た瞬間、驚愕の表情を作っていた。


「…?どうかされましたか?公爵様」

「ッハ!い、いや、なんでもない。君がエルナと知り合いだっていうのはわかったよ」


まだ驚きから解放されていない……というよりかは、少し焦っている?あ、「あの子があれを渡すなど……」とか言ってる。一体どうしたんだ?


「そなたがエルナとそれなりの仲なのはわかった。で、本当に協力をしてくれるのか?」

「当然です。友人を助けることに、なんの問題もないかと」


皇帝陛下は少し不安そうにしているが、どうやら任せることにしたらしく、その場に頭を下げた。


「姪を、よろしく頼む」

「わかりました。必ず取り戻します」


とは言ったものの、アルヘナの軍がどこにあるのかも、エルナがどこに囚われているのかもわからない。まずは情報を探るべきだ。


「では、情報の提供者を呼ぼうか。おい!彼を連れてきてくれ!」

「はっ!」


側近の1人が部屋から出て行き、しばらくしてから1人の青年を連れてきた。


「義兄さん。このお方は?」


公爵様が皇帝陛下に尋ねる。あ、口調は戻さないのね。


「この者は、旧アルヘナ王国第一王子、レスト=ディア=アルヘナ王子だ」

「お初にお目にかかります」


………は?敵国の王子?なんでここにいんの?ほら、周りのみんなも驚いてるじゃないか。なにがなんだかわからない顔してるよ?


「王子は、アルヘナから使者として送られてきたのだが、こちらに協力をしてくれるということになった」

「な、なるほど。確かに、軍の内部情報を知る者は貴重ですね」


とりあえず。戦力はいいからエルナのいると思われる場所を教えて欲しいな。


「今回の戦争で、軍が投入した兵の数はおよそ7000です。かなり、大々的に戦争をする様子で」

「そんなことはどうでもいいんで、さっさとエルナの場所を教えてくれません?」


どうでもいいことは言わなくていい。ハヤク、バショヲ、オシエロ……。周りがちょっと驚いた顔をしているが、スルーすることにしよう。


「は、はい。人質などが捉えられるのは、本国にある要塞の、地下1階だと思います。そこには、捕虜たちが詰め込まれる牢屋がありますから」

「了解しました。では、今から行きましょうか」


俺の突然の発言に、皇帝陛下、騎士団長ともに焦りの声をあげた。


「ちょ、ちょっと待たんか!今からだと!?勝てるというのか!?」

「エルナを取り戻すくらいなら、できると思いますけど?」

「し、しかし!」

「それに、相手は今も進軍しているんでしょ?なら、こっちだってそんなこと言ってる場合じゃない。夜だからって問題じゃない」


俺の意見に、室内には静寂が流れる。


そして、折れたのは皇帝陛下だった。


「……そうだな。こうなれば仕方あるまい」

「では、そういうことで。あ、公爵様に一つお願いが」

「ん?なんだい?」


一応、1人で突っ込むつもりだが、不安要素が一つあった。


「私に魔法耐性がつく魔法をかけてもらえませんか?」

「?別に構わないが」

「ありがとうございます。では、お願いします。」


公爵様に魔法耐性を付与してもらい、俺がそれを【強化】する。かなり強くだ。


「これで不安要素は消えました。では、行きましょうか」

「ルーク君」


出発しようとしたところで、公爵様から呼び止められた。一体なんだ?もう俺は相手を潰しに行く気満々なんだけど?


「私は後方で君の支援をしようと思うのだが、君は支援は必要か?」

「いりません。俺・1人で十分です」


支援などは邪魔なだけだ。1人の方が戦いやすい。


「そうか。わかったよ。私は街を守ることに専念しよう」

「そうしていただけると助かります」

「最後に、娘を頼む……」


懇願するように、俺に向かって頭を下げる。今日だけでどれだけ頭を下げられるのやら。


「おまかせください。必ず取り返します」


貰った地図を手に、俺は応接室の窓から跳躍し、建物を飛び移りながら軍の元に向かった。


「あ〜あ。俺の望んでたスローライフはどこに行ったのやら……」


心底思った。






「あの少年が、我が国の英雄に……」


皇帝陛下の呟きは、誰の耳に届くこともなかった ── 。







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