Ep30 公爵令嬢の決意

ある日。


「例の少年はまだ見つからんのか?」


ベネトナシュ帝国皇帝 ウレアーゼ=フォア=ベネトナシュは近衛兵に尋ねた。あの骸骨達を一掃した少年が、未だに見つからないことに焦りを見せているようだ。


「申し訳ございません陛下。なにぶん、目撃情報が曖昧でして・・・」

「む。そうか・・・。どれくらいかかりそうかね?」

「まだなんとも・・・見つかるかどうかもわからない状況ですから」


少年・・・零人は、現在森の中にいる。しかも、かなり深いところだ。早々見つかるはずがないのだが、そんなことは帝国の兵達は知らない。一心不乱に零人を探し続けているのだ。


「なんとか見つかればいいのだが・・・」

「陛下は、その少年をどうするおつもりなのですか?」


近衛兵は皇帝陛下に質問をする。近衛兵自身、無礼も承知の事だが、皇帝陛下は特に気にしたこともなく質問に答える。


「1000体以上のアンデッドを一瞬にして倒すほどの力を持った少年だ。そこまでの戦力、見逃しておくわけにはいかんよ。他国の兵士にでもなれば、確実に脅威になる」

「では、その少年を帝国の戦力にすると?」


近衛兵は導き出した答えを言うが、皇帝陛下は首を横に振った。


「違う。そうではない。できる限り、兵役には就かぬように話をしたいのだ。」


皇帝陛下の考えは正しい。零人の力があれば、簡単に国など征服できるだろう。本人の意思とは関係なく、その力は魅力的な物なのだ。どこかの嫌な貴族に捕まれば、兵器のように扱われる可能性がある。


「それに、我に反逆するものが出るかもしれん」


強力な兵力を持った貴族は、このようなことを考えるかもしれない。皇帝陛下の危機にもなるのだ。


「なるほど。自分に敵対しないように持ちかけたいと」

「ああ。尤も、性格などを判断し、いい少年だなら、娘と婚約させるのもいいかもしれないがな」


零人の知らないところで、帝国では零人に関係することが着々と進んでいた ── 。



「はあ・・・」


帝都の貴族街。そこに別荘を構えるレイステン公爵家。その公爵令嬢である、エルナ=レイステンは、紅茶を片手にため息をついた。

この家は、皇帝の妹である王女が、功績を残した魔導士と結婚。その魔道士である、クリス=レイステンが公爵の地位を賜った。

姫君が嫁いだ時、ミドルネームは捨てたのだそうだ。幸い、皇帝には王女と王子がいるので、血筋が途絶えることはないと思う。


「お嬢様。ご機嫌がよろしくないようですが・・・」

「あぁ・・・ルージュ。そうね。自分でもわかってるわ」


エルナはここ最近、ずっと元気がない。父である公爵の話を聞いている時も、晩餐の時も、いつも浮かないか顔をしている。


「もしや・・・彼のことですか?」

「そうね・・・」


その原因は大体・・・というかわかっている。


「とっても会いたいわ・・・ルークさん」


そう。あの白髪の少年、ルークのことだ。無論、ルークというのは零人のことである。彼は公爵令嬢であるエルナに偽名で自己紹介をしていたのだ。


「まだ1月ほどしか経っておりませんが・・

・?」

「乙女にとっての1月はとても長いものなのよ?」

「失礼いたしました。しかしお嬢様。私も乙女の端くれでございます」


少々の抗議を入れながら、ルージュはエルナに返す。一応この執事も女性である。結構顔も整っているほうなのだが。


「ごめんなさいね。でも、本当に長いことなのよ?」

「そうですね。私も彼に助けられた身ですから。彼に改めてお礼を言いたいですね」


ルージュは気絶していたため、零人にお礼を言えていないのだ。彼女はそれをかなり申し訳ないと思っており、必ずお礼をすると決めているのだ。


「私は、もう心に決めているから・・・初めての相手だもの」

「お、お嬢様・・・」


顔を赤らめながら言うエルナに、ジト目を向けるルージュ。正直、彼女の母と同じような展開になるのではないかと心配しているのだ。


「ん?なに?」

「お嬢様は、彼との婚約を望んであられるのですね?」


ほぼわかりきったことだが、一応確認しておく。


「ええ。彼が好きになったの。なにか問題が?」

「大ありでございます。彼との婚約など、お父上が許されないと思います。それに、お嬢様は貴族の方と婚約をされた方が ── 」

「ルージュ」


ルージュの意見は、エルナの声によって遮られた。彼女の顔は、見たことないほどの怒気が浮かんでいた。ルージュはそんなエルナに一瞬怯む。


「な、何でしょうか?」

「私はね、好きな人と婚約がしたいの。貴族だろうと、私は自分の好きな人以外に純潔を捧げたりしないわ。それ以上は言わないで」


静かに怒りを吐き出しながら、ルージュに対して自分の意見を伝える。彼女は例え父親に反対をされたとしても、考えを変えるつもりはない。


「・・・申し訳ありません。口が過ぎました」

「わかってくれたらいいのよ」


自分の考えを執事に告げ、紅茶を口につけた時だった。


「エルナ少しいいかい?」

「お父様!」


レイステン公爵家当主、クリス=レイステンがエルナの元にやって来た。


「旦那様、すぐにお茶を淹れ ── 」

「ああ、大丈夫だよルージュ。私はすぐに戻るから。ただ、少し席を外してくれるかい?」

「かしこまりました」


ルージュは席を外し、部屋の外に出て行った。どうやら聞かれてはならない案件があるようだ。


「お父様?どうかされたのですか?」

「実は、陛下からの命令でね。少し人探しをしているんだ」

「人探し?」


一体どんな人物を探しているのだろうか?まさか犯罪者などでは・・・?


「特徴も曖昧なんだけど、白髪の整った顔立ちをしている少年を見たことはないかい?」

「・・・・・・・・・はい?」


頭の中で色々と整理した後、出て来た言葉はこれだった。エルナは非常に困惑していた。


「ん?なにか心当たりがあるのかい?」

「え、あの。そ、その方を見つけたとして、どうするんですか?」


そこが気がかりだ。陛下直々に探しておられるということは、かなり重要なことなのだろう。


「そこはわからないが、対話をするとかなんとか言っていたよ」

「対話・・・ですか?」

「そう対話だ。前に、アンデッドの軍勢が攻めて来たというのは話しただろう?」

「は、はい」

「そのアンデッドたちを1人で殲滅した人物なんだそうだ。つまり、とてつもない戦力の人物だから、見逃して置けないってことなんだと思うよ」

「ひ、1人で・・・」


アンデッドの話は聞いている。だが、それを殲滅したのが1人の少年だということは聞いていなかったのだ。大体予想はついている。話を聞く限り、ひどいことはされないようだ。


「もしかしたら、王女との婚約とかを取り付けるつもりかもね」

「婚約・・・」

「どうしたんだい?」


婚約という言葉に、少しエルナは反応した。今、父の話を聞いた限り、零人の容姿が一致したのだ。もし彼だとすれば、王女との婚約はとても重大なことになる。


「いえ。申し訳ありませんが、私はそのような人物を知りません」

「そうか・・・。わかったよ。なにかわかったら教えてくれ」

「はい」

「では、また後でね」


公爵が出て行く。入れ替わるように、ルージュが部屋に入って来た。


「お嬢様・・・」


エルナの様子が少し変なことに気がついたのか、心配そうに声をかける。


「・・・私、負けません」


エルナは静かに決意し、その蒼の瞳を輝かせた。














「なんか悪寒が・・・」

「ガウ?」

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