Ep19 英雄、人助け
加速したまま走り続けること15分。俺は森を抜け、それなりの幅がある道まで出てきた。
ここは帝国側の道。王国側の道とは違い、花畑のように数々の花が咲いている。綺麗だ。
「途中から花が多くなったと思ったが、ここまで続いていたんだな」
正直びっくり。俺は帝国側には来たことがないので、こんな光景は初めて見た。アークツルス王国を転移した日から拠点にしていたので、出て来ることがなかったのだ。
「綺麗な花だな。なんかいい匂いもするし」
花独特の香りが鼻腔をくすぐる。これは香水などにつかえばさぞかしいい香りがするだろう。尤も、俺は香水があまり好きな方でないが。
「なんにせよ、いいものを見れた。帰りは少しゆっくりしていくか」
帰りにも1つ、楽しみができたことを素直に喜びながら、道を歩く。
が、道の先にとあるものを見つけてしまった。
「あれは・・・馬車か?」
目の前の道の脇に、1台の馬車が止まっている。目を【強化】して見てみると、中では慌ただしく動いている人影が見えた。病気かなにかか?
だが、俺は素直に助けに行くということはできなかった。
「100%貴族なんだよな・・・」
こんなところにいる馬車なので、一瞬商人かもと思った。が、商人にしては馬車が豪華すぎる。金色の装飾が施された馬車。それに、どこかの家紋のような1体のドラゴンマークも入っている。これは確実に貴族だろう。
それも、かなりの有力貴族と思われる。
「あんまり関わると面倒なことに・・・いや、大丈夫か?」
そこで俺は気がついた。今の俺は姿を変えている。無論、変身のマントは持って来てはいる。が、今は収納袋の中だ。うっかり返信を解いてしまうこともない。
それに、おそらくあれは帝国の貴族だ。王国にはあのようなドラゴンマークの貴族はいなかったはず。
「・・・行くか」
俺は大丈夫という結論を出し、その馬車に近づいていった ── 。
◇
「ヘッヘッヘ。さ、大人しく捕まって貰おうか。」
馬車の中。1人の男の下衆な声が響く。この馬車を襲撃した男のうちの1人、リーダーと思われる男が、馬車に乗り込んだのだ。先ほど馬車の中が慌ただしかったのは、この襲撃があったからだ。
「お、お嬢様・・・」
「ルージュ。私は大丈夫だから・・・」
1人の執事のような服装をした赤髪の女性が、1人の白髪はくはつの少女を背中にかばっている。会話からして、おそらくこの馬車の持ち主にして、この女性の主人なのだろう。
「いい加減諦めて攫われてくれねーかなぁ?」
「戯言を!そんなことができるはずないでしょう!!お嬢様を御守りするのが、私の使命です!!」
「だからそれをやめろっていってんのによ・・・」
女性が意思を変えないことを示すと、男は呆れた様子で脱力した。と、その時に、馬車の外から男を呼ぶ声がした。
「兄貴ー!そろそろ行かねーと人が通るかもしれないぜ?」
人の通りを気にして、舎弟が声をかけたのだ。それは、実力行使に出ることを合図する声と同じだった。
「と、いうわけだ。そろそろ俺たちも行かないとやばい。力尽くで連れて行かせてもらうぜ」
男はいやらしい笑みを浮かべると、女性と少女に向かって手を伸ばした。
「ルージュ・・・ごめんなさい」
「ご安心ください。私が指一本触れさせません」
最後の会話のように、目を細め会話をする2人。
そして男の手が2人に触れそうになった瞬間だった。
「な、なんだてめ ── ぐあ!!」
外から舎弟の声が聞こえた。途端、外にいた男たちが次々と悲鳴をあげて倒れて行くのが聞こえる。
「な、なんだ!!なにが起きやがった!!」
リーダーの男がパニックになる中、少女と執事の女性は呆然としていた。
「一体なにが・・・?」
「わからないわ。でも、恐らく ── 。」
少女が言いかけた時、襲撃者たちを倒した人物が馬車に入って来た。
「はい。雑魚処理終了」
入って来たのは、銀髪とオッドアイの少年、如月零人だった。
◇
と、俺参上的感じで馬車に乗り込んだ。かっこいい。こんな登場やってみたかった。男なら一度は憧れるだろう?
「お、お前が外の奴らをやったのか・・・?」
「そうだ。全くひどい奴らだな。女性をこんな集団で襲撃するとは」
「う、うるせえ!大体、護衛もいたんだから、女だけじゃねーぞ!!」
「細かいことは気にすんなよ」
急に口調を変えては戻す。まるで漫才だ。こんなのとコンビなんか組みたくないけど。
男は俺を睨み付けると、ナイフを片手に近くにいた女性の首元にそれを当てた。
「いいか?すぐにこの馬車から出ていけ。さもないとこの女の首は飛ぶぜ」
「人質か。これもテンプレすぎるな。流石っす」
「あ?なにいってんだ。早くしろ!」
男が焦れったそうに怒気を強める。そんなに怒鳴るなよ。皺が増えるぞ?
「お逃げください!この者は本気です!」
突然、背後にいた少女が俺に叫んだ。恐らく、女の主人なのだろう。ということは、貴族か・・・。
「人質がいて仕舞えば、どれだけ強くても迂闊に手を出せません!!早くお逃げください!」
「・・・断るよ」
俺は少女の申し出を断る。
「そ、そんな。どうして・・・?」
「こいつの命令に従う必要はない。だって、意味ないからな」
俺がそういった瞬間、男は青筋を額に浮かばせながら俺に怒鳴った。
「て、てめぇ・・・いいぜ。やってやるよ!!」
「ルージュ!!」
少女が叫ぶと、女性は眼を閉じ、覚悟を決めた。数瞬後には、女性の首が宙を舞うことだろう。
が、次の瞬間に宙を舞ったのは首ではなく、男のナイフ・・・・・の方だった。
「なッ!!」
「え?」
「は、はあ!?どうなってやがる!!」
「はい残念でした」
少女が驚き、女性が困惑の表情を作る。そして切りかかった本人は、なにが起きたのかわからないというように驚きの声を上げている。ザマ。
簡単な話。俺が女性の首の硬さを一瞬だけ【強化】した。それでナイフが折れただけの話だ。
「な、なんでナイフが通らなッ ── 」
「寝てろ」
俺はパニックっている男に一瞬にして詰め寄り、鳩尾に回転のかかったボディブローを打ち込む。男はあっさり意識を手放した。
「さて、お怪我はありませんか?」
俺は気をとりなおし、女性と少女に声をかけた。すると2人は俺を凝視し、答えを返して来た。
「あ、あなたは何者ですか?」
「そっからか」
俺は彼女たちに自分の偽りの情報を教えた。
世界各地を旅している旅人であること、ちょうどこれからベネトナシュ帝国に向かうところなどだ。
「そうだったんですか。ここには偶然通り掛かられて?」
「ええ。で、あなたたちは?」
次は彼女たちの番だ。今は主人の少女が会話をしてくれている。執事の女性は緊張の糸が切れたようで、その場に倒れてしまった。そりゃ死ぬ思いをしたんだからそうなるか。
「申し遅れました。私はベネトナシュ帝国公爵、クリス=レイステンが娘、エルナ=レイステンでございます」
その自己紹介を聞き、俺は驚愕した。貴族だとはわかっていたが、まさか公爵令嬢だったか。やっべ、めっちゃ偉いじゃん。
「公爵令嬢でしたか。これは失礼な態度を ── 」
「構いませんよ。ルーク・・さんは旅人であり、私たちの恩人でもあるのです。変に気を使う必要はありません」
そういってもらえたので、気を楽にした。俺は偽りの名前を教えた。流石に実名を明かすわけにはいかない。
今は、馬車の中で会話をしている。幸い、馬は無事だったので、進むことができている。
ちなみに、捕まえた男たちは縄で縛って馬で引いている。速度は速くないので、死ぬようなことはないだろう。
「この度は本当に助かりました。なにか、帝国の方でお礼をしたいのですが・・・」
「お気になさらず。偶々通りかかっただけですので」
特にお礼は必要ない。何かあるとしたら、今すぐに馬車から降ろしてほしい。とにかく遅い。
が、男たちがいる以上、そんなことはできない。エルナ公爵令嬢が危険になってしまう。
「ですが、護衛までしてもらうことになってしまったのです。それ相応のお礼はしませんと・・・」
「大丈夫です。それにお礼の件もです。あなたを1人にできるわけありません。護衛も、全て亡くなってしまったのでしょう?またいつ襲撃があるかもわかりません」
「し、しかしですね」
「それから、俺は褒美が欲しくて助けた訳ではありません。あなたを危険に晒しておくことができないために護衛もしているんで」
公爵令嬢が死んだなんて言ったらとんでもないことだ。そんなことになってはいけない。助けることができるのだから、俺は助けるのだ。無論、敵などには慈悲はないが。
「そ、そうですか・・・?なんでもいいのですよ?」
「大丈夫です。資金に関しましても、当分困ることはありませんから」
「む・・・わかりました。では、今回は諦めます」
「そうしていただけるとありがたいです」
俺はお礼をもらうことを阻止することに成功した。が、本当にめんどくさいことはここからだった ──。
「それで、質問がたくさんあるんですけど ── 」
「え?」
それから帝国に着くまで、俺は公爵令嬢に根掘り葉掘りプライベートなことまで様々なことを聞かれる羽目になった・・・。
「今までの交際人数は ──」
「ノーコメントで」
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