懲役2000mのその先で・・・

ちびまるフォイ

どちらも安全には配慮されています

「う……うそだ……」


どうしてあんなことをしてしまったのか。

戻らなければよかった。

今となっては後悔しかない。


「さぁ行け」


無慈悲な言葉とともに背中を押された。


※ ※ ※


それから2000時間前のこと。



「被告を懲役2000mの刑に処す」


「へっ、こちとら子供のころから少年院生活だ。

 たかだか獄中の生活なぞ……え、2000m?」


容疑者は後ろ手に手錠をかけられると、

監獄を素通りして海に放り投げられた。


「これただの死刑だろーー!! こんなのが許されるのか――!」


男は必死にもがいたものの、体の括り付けられている重しで

海の深く深くへと落ちていく。


しかも丁寧に息が続くように深海に進むほどボンベが定期的に配置してある。


逆に潜らなければ酸素が尽きて死ぬ。


男は深く深く潜って、腕まかれた深度計が「2000m」になったとき

重しがはずれて自由になった。



周囲はもう太陽の光も届かない暗く静かな深海。



降りてきたはずの上も下も右も左も。

どこがどこまで続いているのかわからない。


持たされている懐中電灯の光の筋は永遠に続く暗闇に飲まれている。


「これが……深海……」


一寸先の闇の中から、どんな巨大生物が出てくるかわからない。

ダイオウイカが出てくるか、マッコウクジラか、それとも未知の深海生物か。


360度が闇の深海にいると宇宙に放り出されたような、

耐えがたいほどの孤独と恐怖が男の心を蝕んでいった。


唯一の救いは海上から定期的に落ちてくる配給。


酸素ボンベに食事と替えの灯り。

死なないための最低限が定期的に海上より恵みのようにやってくる。


「俺はいつまでここにいればいいんだ!!

 誰か!! 誰か教えてくれ!!

 俺はどこにいて、どっちを向いてるんだ!!」


深海で眠ってしまえば、海流に流されてどこに行くかわからない。

知らず知らずのうちに物資の届かない場所に流されれば、その時点で窒息死が確定する。


看守もいなければ、ほかの囚人もいない。

いたとしても見えやしない。


「こんなの、普通の独房の方が100倍ましだ!!

 限界だ!! 頭がおかしくなりそうだ!! 早く出よう!!」


こんな場所に長くいたら心が壊れてしまう。

できるだけまっすぐ上を目指して泳ぎ進めた。


それでも急浮上すると水圧に内臓が慣れないため、

早く出たいのに少し進んでは水圧に鳴らし、少し進んでを繰り返した。


「ああ、歯がゆい! こうしている間にクジラに飲まれたらどうするんだ!!」


男は水圧になれるとまた海面に向かって泳ぎ始めた。

道しるべは定期的に落ちてくる補給物資。

これが落ちてくる方向が海面になる。


「まっすぐ、まっすぐ、まっすぐ……」


男はぶつぶつ言いながら海面に泳ぎ始めた。

定時に落ちてくるボンベを待っていると、時間になっても来なくなった。


「おかしいな。いつもは補給が来るはずなのに」


いつまで経っても落ちてこないので男は忘れていた巨富を思い出した。


「ま、まさか……流されてる……?」


ボンベが落ちてくる間の時間、上に泳いでいたはずが

海流に流されて斜めに泳いでいたのかもしれない。


補給物資が落ちてくる延長線のライン上から外れてしまったら、それはすなわち死を意味する。


「うそだろ?! どこだ!? どこに落ちてくる!?」


次の定時を待ってみても、落ちてくるボンベは見当たらない。

ボンベを変えてないので酸素残量も減っていく。


「ああああ……やばい。もうこうなったらいちかばちかだ!!」


このまま水圧に慣れながらちんたら進んで窒息死するくらいなら、

いっそ内臓が破裂してでも海面に出たほうがいいと男は賭けに出た。


これが上の方向なのかもわからないまま、必死に泳ぎ始めた。


酸素の残量がどんどん減っていく。


「お願いだ! 海面に出てくれ!」


祈るように泳ぎ続けると、目の前に魚が横切った。

酸素はもう残っていない。


「魚だ!! 海面に近づいている!!」


息を止めながら最後の力を振り絞って海面へと泳ぐ。

周りの風景が漆黒の闇から、青色の水へと変わっていく。


ついにキラキラ光る海面へと顔を出した。


「ぶはぁ!! はぁっ、はぁっ!! やった! 出れたぞ!!」


海面から顔を出して周りを見る。

わずか数メートル先に補給用のボンベを落とすポイントがあった。


このわずかな距離でも深海では何も見えなくて迷子になっていた。


「おや? 懲役2000mのはずでは?」


「お願いだ!! もうあそこには戻さないでくれ!!

 金ならいくらでも払う!! 被害者にだって謝る!!

 だから……だからもう二度と深海には戻さないでくれ!!」


「執行猶予ですか? お金がいりますよ、払えるんですか」


「真面目に働く!! それでも足りなければ臓器でもなんでも売ってやる!! 助けてくれ!」


「……いいでしょう。では執行猶予をはじめます」


男は海面から引き上げられて、船にのせられた。

やっと海上に戻れた安心感からそのまま意識を失った。



※ ※ ※


目を覚ますと、ちょうど移動する飛行機の上だった。


びゅうびゅうと聞こえる風の音で目を覚ます。


「あの、ここは……」


「目が覚めましたか? こっちへどうぞ」


開いたままの扉の前に立たされた。

足元には米粒よりも小さく見える街並みが広がっている。


やっと自分の置かれている状況を悟った。


「う……うそだ……」


どうしてあんなことをしてしまったのか。

戻らなければよかった。

今となっては後悔しかない。


「さぁ行け」


無慈悲な言葉とともに背中を押された。


「ああああああああ!!!!」


男は海面の次は、迫る地面に向かっていった。




「執行猶予:2000m 開始」


看守は小さくなる男の姿を眺めていた。

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