My Confession.docx

 彼との思い出を大切に。

 これは、彼女以外誰も知らない。



 私は、小学校四年生まで不登校だった。

 理由はちょっと体調がよくなかったのと、人間関係というものに興味がなかったからという淡白極まりないものだった。

 でも、いつまでもそうしているわけにはいかなかった。それは、母親から向けられる心配に耐えられなかったから。

 母は少々過保護気味で、母の心配には圧力があった。

 四年生になってしばらく経った後、私ははじめて学校へ行った。

 正直、不安でいっぱいだった。絶対クラスでは浮ついた存在になるだろうし、最悪いじめられかねない。

 はじめての授業は最悪で、国語だった。しかも作文。初日にしては難易度が高すぎた。

 当然なにもできるはずもなく、私はずっと教科書を見つめていた。

 そして、気づかないうちに消しゴムを落としていたらしい。隣の席の男の子がそれを拾ってくれた。

 そのときの私の心臓は、早鐘をついて高鳴っていた。

 どう反応すればいいかわからなかったのだ。

 しまいにはまったく聞こえないような掠れた声で「ありがと」と言うだけだった。

 彼が気になってそっちを見てみると、彼は目を丸くしてきょとんとした様子だった。

 やっぱり、変に思われたかな。

 それ以上になにも言ってこない彼が、より不安に不安を重ねていった。

 が、それも杞憂に終わった。

 次の日から、彼は私に積極的に話しかけてくれるようになった。

 理由はわからない。ただの同情なのか、それとも――――

 どちらにせよ、私の学校生活を彼が支えてくれていることに違いはなかった。

 体育の授業で失敗しても、彼が慰めてくれた。

 給食や昼休みは、彼のおかげでひとりぼっちになることはなかった。

 彼との会話は、唯一の楽しみと化していた。私のことを考えてくれる人がいるだけで幸せを見い出せていた。

 でも、私は間違えた。

 将来の彼との関係を決定づけてしまう大きな失敗をしてしまった。

 ある日、私は風邪を引いて寝込んでいた。

 症状は軽かったものの、以前の病弱から母は過剰に心配してしまい、学校を数日間休んだ。

 久しぶりの孤独は、なかなかに堪えるものだった。

 ベッドに横たわってひたすらに部屋の天井を凝視していると、だんだんおかしくなってくる。

 昔は当たり前のことだったのに、どうしてできなくなってるんだろう。

 無理矢理に乾いた笑い声を漏らしていると、ふいに双眸の辺りをなにかが伝っていくのが感じられた。

 それはそのまま白い海の中へ消えていった。枕が、濡れていた。

 ああ、これは涙なんだな、と認識した瞬間、堰を切ったように溢れ出てきた。

 嗚咽を漏らしながら、私は私の意識を遮断した。


 目が覚めたとき、窓の外には昏い太陽が顔を覗かせていた。

 もうそんな時間か、と身体を起こそうとしたとき、声がした。

 それは待ち望んでいた、求めていた人物。

 彼が、私の部屋にいた。

 彼は心配そうな様子で私を窺っており、目が覚めた私に気がつくと、いつも通りの声で私の名前を呼んだ。

 それに私は快く応えた。

 上体を起こそうとしたとき、彼は私の手を取ってくれた。彼と、はじめて触れ合った瞬間だった。

 それから時間を忘れるくらい、私たちは他愛もない話をした。お互いのこと、もっと知りたくなった。

 最後、そろそろ帰る頃かなと思っていたとき、彼が話を切り出した。なんだがそわそわした様子だった。

 夕陽はまだかろうじて姿を見せている、そんな頃合い。

 ほんの少しだけ朱くなったこの部屋に、二人きり。

 私は、内心ドキドキしていた。なにか、とてもすごい話を聞かされそうで。

 そして、意を決して彼が話した言葉。


「ぼくとお友だちになってくれますか?」


 それはあまりにも意外過ぎた。

 友だち? なに、それ。

 私たち、友だちじゃなかったの?

 不安が沸き立ってくるのを感じた。身が震えて、上手く言葉に出せない。

 でも、精一杯の気持ちを彼にぶつけた。

「きみじゃ友だちはいやだ」

 友だちのより先に行きたい。そんな意味のはずだったんだけど、彼には上手く伝わってなかったみたいだった。

 彼は精気が抜けたように「そう」とだけ残して、部屋を後にした。

 私の発言が、とても大きな齟齬を生み出していたことに気づくのは、当分先の話だ。

 幸い、これが原因で仲違いするようなことはなかった。

 私が復活してからも、彼との関係、接し方は以前と変わらなかった。いや、それ以上に懇意な仲になったかもしれない。

 なによりも、彼とは変に繕ったりしないで本音で語りあえるようになった。

 私としては嬉しい限りだったけど、彼が当時どう思っていたかはわからない。彼の中で吹っ切れていただけかもしれない。

 まあ、今となっては全部笑える話だ。彼は私の隣にいるし、私は彼の隣にいる。そんな淡い関係が、私は気に入っていた。好きだった。

 文芸部にふたりで入れたのは幸運だった。

 青春を謳歌するってのはこういうことなのかな。

 青春って、波がはっきりとしていてよくできてるなあって思う。サインのグラフみたいだ。

 沈んでるときはもちろん嫌なこともあるけど、昇っているときは幸せに溢れてる。

 素晴らしいとは、思わない?

 あ、青春と言えば、今までのことを私と彼で文章に起こすことにしたんだ。

 彼は10歳のときの懐かしい作文を家から引っ張り出してきたりして張り切っていた。

 新たに書き下ろしたりもした。私も少しだけ私の気持ちを綴っている。

 それで、最初は普通にまとめてたんだけど、なにを思ったのか彼は時系列をばらばらにしてしまった。

 破れていた作文も続けて載せるのではなく離れた位置にしたりと、もはや私たちにしか理解できないような内容になっていた。

 これをコンテストに応募するらしい。絶対受賞できないと思うけど、まあふたりの記念として私は承諾することにした。

 ちなみにこのdocxファイルは彼には絶対見せない。こんな恥ずかしいものを作品に取り込むわけにはいかない。私だけの『私の告白』として、ここに封印しておく。

 作品のタイトルは悩んだ末に彼が考えた。――――ええと、なんだっけ。

 ああ、そうだ。「よくできた青春」だったかな。

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よくできた青春 @8ek2d

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