第4話
次の日の朝、先に目覚めたのはかばんだった。
まだ微かに霧の残る外を見たあと、隣のベッドで少し肌寒そうに毛布にくるまるサーバルちゃんがいた。
自分の毛布もかけると大きな耳の震えも止まって少し身動ぎすると小さな寝息をたてはじめた。
ラッキーさんはサーバルちゃんに配慮してくれたのか、最小限の声で「おはよう、かばん」と挨拶する。
僕もおはようと挨拶してから静かにベランダへ出る。半袖で毛皮もまだ生えそろっていないから寒いけど、きんと冷えた空気は寝ぼけた僕の頭を冴えさせるのには最適だった。
朝露が濡らす木々の葉の向こうにもくもくと煙があがるのが見えて、ゆきやまから立ち上がる温泉のものだと分かるのは数秒遅れてからだった。
そのあと後ろから「おはよ...かばんちゃん」と眠たそうな声と共にサーバルちゃんが起き上がった。
「おはようサーバルちゃん。さっき温泉の湯気が見えたんだけど、そこに行かない?」
すると、半目がちだったそれに光がきらりと差し込み「うん!行きたい行きたいー!」とベッドから自前のジャンプ力で目の前まで跳んできた。
目的地も決まり、ある程度準備をして僕らはみはらしの部屋を後にした。
「このあとはどこに行かれるんですか?」
アリツカゲラさんが入り口まで案内してくれている間に聞かれた質問。
「温泉に行こうと思っています」
率直に答える。サーバルちゃんが隣でうんうんと満面の笑みで大きく頷く。起きたばかりのときとは正反対だ。
アリツカゲラさんは「あー、私も行ってみたいですね。けどここのお仕事があるので...楽しんできてくださいね」と笑顔で手を振る。いつの間にか入り口まで来ていた。
「さーて!今日も頑張るぞー!」
「無茶しないようにね...」
ふんと鼻息を荒くしてサーバルちゃんは前のめりのままペダルに足を乗せる。昨日あんなに疲れていたのにもうぴんぴんしているんだから、とても驚いた。
ロッジの入り口でタイリクオオカミさん、アミメキリンさん、アリツカゲラさんが手を大きく振ったりして見送ってくれている。サーバルちゃんも僕もそれらに応えるように手を振った。
ロッジも見えなくなって、だんだんと地面に白い雪が混じり冷たい空気になりつつあるなか、僕らはヒトの縄張りを探していたあの旅路を思い出す。
しかし、その思い出は石を踏んだのかがたんと揺れた車体と共に頭の奥に引っ込んでいった。
そして、同時に雪まみれの道が目の前に現れた。
「あれ、これじゃ通れないよー!」
「流石に雪の上は走れないよね...ここからは降りて歩こっか」
雪は少し深く、僕の靴なら三歩歩けば雪が入りそうなほどだった。
仕方なく道の端にばすてきを置いておんせんへ歩き始める。
「やっぱり冷たいや!今度は吹雪にならないといいなー。でもかまくらにまた入れるなら来てもいいかも!」
ざくざくと雪を踏みしめる音だけが聞こえる。時折きゅっと鳴る雪だらけな場所。そんな銀世界に二人分の足跡がつけられていった。
ラッキーさんに聞いた「しんようじゅ」というパークによく生えてる木とは少し違うチクチクとした葉っぱから雪が滑り落ちる度にサーバルちゃんはくるりと振り向いた。
なんとか日が暮れる前に着きたいな...そう思ってた矢先、煙の発生源であるおんせんがあともう少しの所にあるのが見えた。
「もうちょっとだー!よーし!」
ゆきやまに住むフレンズさんと出会う度ぴたりと足を止めていたサーバルちゃんはおんせんを見つけると意気込み、「うみゃみゃみゃみゃみゃ!!」と残りの道を全速力で走り始める。
「ま、待ってー!」
慌てて僕も走り出すけど雪に足を捕られて中々速く進めない。それはサーバルちゃんも同じなようで、瞬き二回くらいで「う゛っ」と声を漏らし雪にべしゃんと倒れた。まさかとは思うけど怪我があったらとても大変だと感じ、出来る限りの速さでサーバルちゃんの元へと急いだ。
「さ、サーバルちゃん大丈夫?」
「うん!冷たいけどほわほわしてて面白い!かばんちゃんもやってみてよ!」
仰向けになって鼻に雪がついてるサーバルちゃんのように大の字になって転がってみる。
「わぁ...」
雲ひとつない青空。このなかに青色のじゃぱりまんがあったら僕はきっと見つけられないだろう。いつも高かった空は山に登ったからだろうか、今なら手が届きそうだった。きらきら光る太陽を隠すように指先が黒くなっている手を広げる。それでも眩しかったけど、不思議と眉間に力は込められなかった。
少し時間は経っただろうか、ぴょいとサーバルちゃんが起き上がっては
「さ、いこいこ!!」
手を差し伸べた。ぴるぴると耳を動かして雪をほろい、僕の手を掴む。
「うん、行こっか」
足跡が再び歩き出す。
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