イベント戦マグナム視点

 運命とはいつ決まり、どうすれば克服できるのだろうか。

 オレにはずっと付き纏う呪いがある。運命的な出会いや奇跡があったのなら、オレは救われていたのだろうか。この身に宿る炎を制御できるその日まで、この問答は続くと思っていた。


「大丈夫だよマグナム。お前は自慢の息子だ。私達はずっと、お前を応援している。帰る場所でいるよ」


 両親はずっと励ましてくれた。体質改善の薬もあり、医者にも連れて行ってくれた。魔道具で制御する方法も学んだ。だがある日、一緒に遊んでいた子に火傷をさせた。故意ではない。一緒に走っていて体温が上がり、転んだやつに手を差し伸べただけ。悪意などなかった。そして俺の体質の話は広がった。


 ――――もう君と遊ぶなって言われたんだ。


 それ以来、親以外と手を繋げなくなった。遊べなくなった。危険なガキとは遊ばないよう、親が言う。ガキってのは親に逆らう手段がない。離れていく同年代を見て、誰も傷つかないならそれでいいと、俺はそう思った。


「もっと強くなって、みんなと一緒になるよ!」


 力なんてコントロールできりゃいい。十歳にも満たないオレは、浅い結論を出した。強いとわかればいい、安全だと知られればいい。自然と普通になれると思った。陳腐な発想だが、十歳前後のガキに正解の出せる問題じゃない。

 そんなオレを母さんは抱きしめ、父さんは一緒に遊んでくれた。トレーニングにも付き合ってくれた。


「大丈夫だよ。オレ、強くなるから!」


 両親はいつも優しかった。体質について謝罪されたことはない。それはオレが失敗作だと言うも同じだからだ。それが理解できるくらいには、愛されていた。唯一両親だけは、はっきりとオレを愛してくれていた。だから踏みとどまれた。心が蝕まれても、流されることはなかった。


「絶対に強くなるから!!」


 オレの思いに応えるように背は伸び、筋肉もついていった。自慢じゃないが、かなり恵まれた体格だと思う。そして怯えられるようになった。ならば明るく、陽気に、余裕のある態度で接してはどうか。それでも無理ならもういい。誰も近づかないように、派手な髪型にでもしよう。自分で何でもできるようになればいい。


「マグナム、お前も幸せになりなさい。誰かを傷つけないためだけじゃない。自分の幸せを追い求めていいんだよ」

「学園ならきっと、あなたと同じ悩みを持つ子がいるわ。解決する方法もある」


 親にブレイブソウル学園の中等部編入を勧められた。学園の噂は聞いている。世界各国からあらゆるジャンルの天才が集まり、国家レベルの敷地と軍事力を持つ、世界最大の学園だ。各国の王族貴族も集まり、英雄も数多く誕生している。


「自分の可能性を自分で狭めるのは、よくないことさ。行っておいで」

「辛ければ辛いと言いなさい。家族にくらい、弱音を吐いていいのよ」


 慰められるというのは、悲しみを受け止めてもらえるというのは、子供にとって必要なことだ。君よりもっと辛い人生を歩んでいる人間がいるよ、だからもっと頑張れと、他人がへらへら口にする。よく聞く言葉だ。何の意味も価値もない、クソ以下の御高説だよ。なら全人類がオレより幸せになったら、オレの体質は少しでも改善されるのか? 両親は悲しまないのか? 学園になら答えがあるのだろうか。悩んだ末に、オレは決めた。


「いってきます」

「いってらっしゃい、私達の自慢の息子よ」


 学園には驚くほど天才が溢れていた。文献も研究機関もあり、オレは自身の強化と制御方法の解明に躍起になった。一応の知り合いはできた。戦士としてオレより格上とも戦ったし、魔法科の知識も借りた。だがどこかで一線を引いてしまう。火傷させた記憶がなければ、あるいは手を繋げたのかも知れない。申し訳ないことをしていると思う。



 そして高等部一年に進学し、あの男に出会った。


「ホルガン・モザイクロームです。おっすお願いしまーす!」


 妙な喋り方をする、どこにでもいそうな男。それが第一印象だった。

 変な口調も生まれた国の差だと、笑って終わるくらいの問題でしかなくて。やはりオレとは違う。そう思っていた。


「ちょっと刃あたんよー、ホラホラホラホラ」


 鍛えちゃいるみたいだが、このくらいのガタイのやつは学園じゃ珍しくもない。

 だが不思議と馬が合う。戦闘スタイルがはっきり別れているからか、お互いの長所を敵になすりつけるイメージだった。そういう相手に巡り会えるのは、極めて稀であり、この縁はいいものだと理解はできる。だが、気に入り始めていたからこそ、最も避けたかった話題が来れば身構えてしまう。


「この辺にい、俺の作った新設ギルドあるんだけど……入ってかない?」


 反射的に固まってしまう。まるで隠し事が見つかった時のガキみてえに固まるオレに、それでもやつは勧誘を続ける。褒められれば褒められるほど、隠し事を咎められているような気がした。


「オレは……少し問題があってな」

「じゃけん、解決しましょうね」


 口調は軽いが、その目はどこまでもまっすぐオレを見ている。解決すると微塵も疑っていない。その態度は誠実に見えた。なら飾るのはやめよう。真実を話す。それで拒絶されるなら、いつものことだ。


「オレは体温が高い方でな。意識してバカでかい魔力と火属性を制御している」


 熱は制御できる。それは本当だ。だが戦闘が激化したら? オレに制御できないほどこの力が強くなったら? 可能性は無限だ。それは希望も絶望も等しく訪れるということでもある。


「熱いだろ? 熱を制御する技術はある。だが不意にこうなっちまうかもしれんぜ」


 火傷しないように、それでいて熱さで手を離してしまうくらいに、右手の熱量を上げる。これでいい。あとは振り払われるか、叫びながら逃げられるか。


「大丈夫ですよ。バッチェ冷えてますねえ! 問題ないってはっきりわかんだね」

「お前……」


 握り返された。熱さで反射的にじゃない。ここまでして握り返してくれたやつは初めてだった。薄氷に覆われた手が、何故だか暖かく感じる。


「オレの力は自分でも底がわからねえ。いつか暴走するかもしれねえんだぞ」


 こいつはいいやつだ。今日だけでもそれがわかる。心底伝わる。だから傷つけたくない。傷ついて欲しくない。オレのせいで誰かが傷つくなら、誰にも近寄らなくていいように……遠距離主体の攻撃も、そんなオレの心情に付き合ってくれていた。


「一年生で最強になりたいから入学したの! そのくらいの力が無いと困るのはこっちなんだよね。それ一番言われてるから。ごちゃごちゃ言わずに来いホイ!」


 その目が本気であると告げている。本気で最強を目指しているのだろう。それがどれだけ遠い道のりかも知っていて、それでも目指すというのなら、オレもその夢の手伝いくらいはしてやりたい。受け入れてくれたのなら、それに応えるだけだ。


「………………HAHAHAHA!! そいつはいい! 夢はでっかい方が気持ちがいいからな! 乗ったぜ! よろしくなホルガン!!」


 覚悟は決まった。こいつに天下を取らせる。そう決意したはずだった。




 なのに目の前で命の炎が消えていく。初めてできた仲間の命がすり減っていく。


「逃げろホルガン!!」


 簡単に終わる依頼のはずだった。この近くにこんなでかい化け物が出るなんて聞いたことがない。咆哮が耳を痛めつけ、恐怖を煽る。友が倒れる現実を受け入れる時間を与えてくれない。


「お前……私を庇って……」

「痛いですね……これは痛い……」

「オレが時間を稼ぐ! さっさとそいつ連れて逃げやがれ!!」


 一番頑丈なのはオレだ。なら殿はオレがやるもんだろ。オレのダチだ。オレのギルド仲間だ。だがその決意は、あいつの絶叫で中断された。


「ンアアアアアアアァァァァ!!」


 明らかに様子がおかしい。あんな得体の知れない気配をまとっているホルガンを見たのは初めてで、ずっと戸惑うばかり。オレはなんてだらしねえんだ。


「ホルガンはどうなってるんだ? あれ無事なのか?」

「オレにもわからねえ。見たことねえんだ。とりあえずお前らは逃げろ」


 あいつを一年生最強にする。手助けをすると決めたのに。その夢に乗っかったつもりだったのに。それがどうだ。今のオレはアシストすらできやしない。戦いが速すぎて、狙撃のタイミングがわからないときた。情けねえ。


「速い……姿すら見えないなんて……」

「これほど強かったとは……」


 一緒に戦っている時の、どこか楽しそうな顔はもう欠片もなかった。ホルガン、お前も苦しんでるんだな。そりゃそうだ、辛いのがオレだけのはずがない。


「今のうちに下がれ。オレらじゃ加勢もできねえ」

「悔しいが邪魔になるか……すまないホルガン」


 加勢もできず、仲間になったってのに邪魔になるのは避けたい。そう思い、二人を守りながらその場を離れようとした瞬間だった。ドラゴンは断末魔すら上げることができず、その首を切り取られていた。


「ホルガン! しっかりしろ! 今病院につれてってやる!!」


 ホルガンの出血は止まっていた。呼吸もしている。急いでポーションをぶっかけ、安全な場所へと運べばいい。急速に冷やされた頭は、オレの体に指示を送ってくれた。


「もうすぐ戻れる。急ぐぞ!」

「ゴアアアアアァァァ!!」


 もう二度と聞きたくない絶叫が、オレたちの心臓を跳ねさせる。

 助かったはずだった。なにもできずに助けられてしまったはずだった。なのに、どうして……。


「もう一匹いたのか!?」

「まずいな、さっきのやつよりでかいぞ!」


 まさか化け物が二匹いるとはな。だがまあ……ちょいと不謹慎だが、後悔と感謝と勇気が湧いてくる。オレはホルガンの相棒なんだ。やられっぱなしで帰れねえよなあ。ここを乗り越えられなきゃ、オレは相棒と並べねえもんな。


「先に行け。ここはオレがやる」

「無茶だ! 全員でやれば……」

「ホルガンは重症だ。手持ちの道具じゃ治せない。誰かが運ぶ必要があんだろ。だから頼む。オレはあいつに勝てる。だから…………オレから離れろ」


 躊躇いはない。ダチが振り切ってくれた。体内の魔力をありったけ燃え上がらせると、体温で周囲の空気が熱されて歪んでいく。

 尋常じゃない熱量を感じたのか、あいつらはホルガンを抱えて走っていった。信じたのか逃げ出したのか知らんが、いい判断だぜ。ここで最悪なのはホルガンが死ぬことだからな。


「来な」


 トカゲ野郎の巨大な尻尾が振り回される。いい機会だ。強敵相手にどこまでやれるか試してやる。


「捕まえたぜ!!」


 腹で受け止め、両腕で抱え込む。鉄よりも硬いドラゴンの鱗が、煙を上げて溶け始めた。


「ギィアアァァァ!?」


 ドラゴンの声が威嚇から絶叫に変わる。そうか、熱が効くのか。そいつは好都合だ。痛みでのたうち回りながら必死で尻尾を振るたびに、べりべりとやつの皮膚が剥がれていく。


「こんなもんで終わらせねえぞ!!」


 怯んでいるトカゲ相手に、体内の熱を浴びせてやる。オレの銃は特別性だ。体内の魔力と高熱を放出する機能付き。浴びれば鉄でも人間でもバターみたく溶けていく。


「燃ぉ! えぇ! ろおおおぉぉぉ!!」


 ドラゴンの左半身を焼き焦がし、溶かし、骨を露出させるほどの熱さが周囲をもドロドロに溶かす。


「まだまだああぁぁ! もっとだ! もっと高まれ! オレの炎よ!!」


 ガキの頃、おふくろに何度も聞かされた。オレの先祖は神と恋に落ちた。それから代々続く膨大な魔力と炎の呪縛。愛の証だのなんだの言うが、この体質を喜ぶことはできなかった。小さい頃のオレには呪いのように思えた。ダチと手を繋ぐ、そんな簡単なことすら注意がいるんだからな。


「過保護で親バカな神様よ、今日だけは感謝してやるぜ」


 神が人類に与えた炎が、一族にも与えられた。それは『全人類にもたらされた火と同量』が、たった一人の人間の中にあるということだ。


「ギイイィィィ!!」


 渦巻く炎のブレスも、オレの体内から発する熱気に食われて取り込まれていく。熱で熱を食らうほどの、暴力的で破壊を伴う炎が、神という支配する側の焔が勝る。


「ぬるいな」


 熱くもなんともねえ。この程度の炎でオレが火傷するはずがない。しけた炎だ。

 ホルガン、お前の手は冷たくても暖かかったぜ。こんなトカゲの炎よりずっとな。


「終わりにしようぜ。ダチが心配なんだ」


 ドラゴンのバカでかい口の中に銃を突っ込み、全火力を集中させる。熱が制御できなきゃぶっ放しちまえばいい。後先なんて考えず、最大火力を解き放つ。その瞬間、相棒の顔と声が浮かんできた。


「地獄に落ちろ、ベイビー」


 なるほど。決め台詞はあった方がしっくりきやがる。

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