花吐く病
室小木 寧
第1話
廊下に散らばっていた薄桃色の花を拾いながら歩けば、そこにいたのはクラスメートの女子で、たしか陸上部のマネージャーをしている子だった。
踞る彼女がこちらに気付き振り向いたその時に、色付きのリップクリームが塗られた唇からぽたり。と小さな花がこぼれ落ちて。僕はまるで何か酷く気味の悪い世界に迷い混んだ気持ちになってしまったのが先週の事。あれが女子の間で流行っている噂の「花吐き病」だと知ったのが今週のはじめで、どうやら僕はそれに感染してしまったらしい事が解ったのがつい一昨日の事だ。
咳と共にぽたりと落ちた、あの人を思わせるような毒々しい赤い花。
溢れてくる花を悟られないよう「夏風邪をひいた」と誤魔化して常時マスクをつけて、休み時間の度に花をトイレに吐いて流す日々。
地獄だ。
いつまでこんな日々が続くのか。噂によると「両想いになるまで」なんて。なんて無責任な病だ。もしも両想いになれなかった場合はどうなるのか、一生このままなのか?それとも次に誰かを好きになるまで?僕にこの病を伝染した張本人である女子はどうやら陸上部の先輩とはれて両想いになったらしく今は花など吐いてはいない。
溜め息が出そうだが、その拍子に花が溢れてはいけないと必死でそれを噛み殺す。
そんな折に僕のスマホはあの人からの連絡が有ったことを通知して、ちいさく震えて見せた。
「○○駅のミスドにいる」
「会おうぜ」
まったく色気のないその文章を目でなぞった途端に喉から花が込み上げてきて、僕はトイレに駆け込むはめになった。
○○駅の横にあるドーナツショップの喫煙席にあの人はいた。
テーブルに広がっているルーズリーフと筆記用具……また、課題で解らない問題があったのだろうか。僕をみつけるとひらひらと手を振ってテーブルに招いてきた。
テーブルを挟み向かい側にすわる。
殆ど空になったコーヒーのカップには黒い口紅の跡がついている。
よく見るとルーズリーフに書いているのは課題では無くて何かの文章……歌詞だろうか。
走り書きの文字列、ふわりと煙草の臭いがして僕はそれに何故かほっと安らぎのような気持ちを感じてしまった。
それがいけなかった。
油断するのを待っていた花達が喉を競り上がって口外に出ていこうとする。花弁に喉を刺激されて、思わずその場でつよく咳き込んでしまった。マスクをしていたのに溢れてしまった赤い花。あの人の指がそれに伸びていく。僕は「触らないで!」と声を出してしまった。
途端に外れてしまったマスクから、口から赤い花が溢れてはテーブルに床に落ちていく。
驚きで見開かれた目、あの人の緑がかった瞳が僕を見詰める。
ああ、地獄だ。
まるでひどい夢の中に要るようだ。
花吐く病 室小木 寧 @murokone
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