2-2


『それは拒絶期だからですよ』


 眠れば何も考えなくていられる、そう期待していたのに、俺は再び宇宙人に呼び出されていた。だが、不思議なもので苛立ち紛れに悪態を吐こうとは少しも思わなかった。

 自室を模して作られた空間、俺はベッドに腰掛けて扉の前で浮遊する球体と相対している。横に顔を向ければ、窓の外で、他人事のように地球が輝いていた。そこに時折、光が流れる。人工衛星が通過する光景は夢や幻ではないことの証左にも思えた。

 宇宙人は続ける。


『支配者として選ばれた方の感情はいくつかの段階を経て安定期を迎えるようです。まず初めに無関心期、次に認識期と続き、拒絶期は三段階目に当たります。移行時期には個人差がありますが、ここまでは例外なく全員が同様の精神状態を経験しています』

「俺が苦しんでるのも類型的な感情ってことか」

『すべてのものは分類されます。例外事項ですらも例外という項目に入るように』


 宇宙人たちのことは嫌いだ。人の生活をぐちゃぐちゃに踏み荒らしているというのに自らの今後ばかりを憂慮している。にもかかわらず彼らとの対話にわずかばかりの安らぎを覚えたのは彼らが超然とした態度を一貫しているからなのかもしれない。そうでなければこの宇宙船に搭載された機能が俺の神経信号をいじくっているか、だ。

 どちらにせよ、俺は声を荒げることなく、宇宙人に訊ねた。


「拒絶期の次はどうなるんだ?」

『変遷と停滞の後、安定期を迎えますが、そこでもまた個人によりいくつかの状態に分類されます。たとえばヴィカス・クマールは万能期に辿りつきました。ワン・シウヂエは受忍期に、アメリア・スミスは軽視期でしょうか。もっともアメリア・スミスの場合は判断に難しいところです。功罪も含め、期間の短さから明言はできません』

「なんだよ、功罪って?」


 宇宙人は俺の質問を無視する。


『鈴木明英もまた類別の難しい人物です。ただ、〈命令〉の使い方や精神状態を複合して勘案すると例の事故までは万能期に近かったと推測されます』


 じゃあその後は、とは訊かない。おそらくおばさんの事故によってアキの精神は猶予のないほどに乱れたため、支配者として相応しくない状態に移行したのだろう。だから支配者権限を剥奪されたのだ。とはいえ、たとえ宇宙人が一言で説明できたとしても、俺はそのときのアキの気持ちを軽々しく分類されたくはなかった。


「しかし、お前ら、他人の心を覗き見しているみたいで気持ち悪いな」

『〈命令〉に関係した人の思考をモニタリングし、こちらへフィードバックしていることは認めますが、具体的に何を考えているかまでは監視できません。我々に察知できるのは色のみです』

「色?」

『知的生命体の感受性は普遍的な共通性を有しているのでしょうか。サンプル数が少ないために断言できませんが、興味深いことに我々の惑星にも感情を色彩で喩えたり、逆に色彩から感情を連想するという文化がありました。鈴木ケイスケはプルチックモデルをご存じですか』

「あ? なんだって?」

『ロバート・プルチックの提唱した、感情を色彩的に捉える理論図です。あなた方にとって馴染み深い人物と内容だと思っていましたが、違うようですね』


 侮蔑的な物言いではない。わざわざ名前を出したことから考えると地球人の名前なのだろう。宇宙人が俺以上に地球に関わる知識を持っていることに違和感というか落ち着かないものがあったが、張り合ったところで無駄だ。彼らの何もかもが俺の常識を超えたところにある。


『その研究と似たものがやはり我々の星にもありました。もちろん詳細は異なりますが、根幹は共通しています。つまり、色と同じように、感情は混ざることで具体的名称として分類されるということです。プルチックモデルで言えば、たとえば怒りに類する感情と嫌悪感に類する感情が組み合わされて侮蔑や軽蔑として言い表されます。あるいは信頼に属する感情と心配に属する感情が重なることで服従として理解されます』


 そのとき、俺の脳裏に過ったのは飯塚たち、クラスメイトの表情だった。彼らは俺に向けてさまざまな感情を放っていた。その感情もまた、何かと何かが複合した表出なのかもしれない。

 そこまで考えると、目の前で浮かんでいる金属質な球体たちが急に有機的な存在のように感じられてくる。前回の対話で膨らんだ想像が再び存在感を増し始める。そして、今し方した感情の話も相まって、俺の中にある疑念が灯った。いや、疑念と言うにはあまりに輪郭がはっきりとしすぎているかもしれない。疑念と確信が混ざり合った色。


 そもそもなぜ宇宙人は地球を選んだのか――。

 どうやら最初に地球へと行き着いたから、ではないらしい。なぜならロバート何某の例にあるとおり、宇宙人は明らかに地球に対する調査を行っていたからだ。その結果が彼らの求める水準に達していたからこそ、地球に支配者が誕生する運びになったはずなのだ。

 想像とも妄想ともつかない乱暴な推理を、しかし、俺は的外れだと切り捨てることができない。ここに彼らを救うヒントがあるのではないか?

 堪らず、俺は続いていた宇宙人の話を遮った。


「なあ、突然で悪いんだけどよ、俺の話を聞いてくれるか?」

『なんでしょうか』

「ただの想像だ。別に応えてくれなくて構わない」


 たとえば、の話だ。

 たとえばこの宇宙人たちにも肉体が存在していたとしたらどうだ? 彼らはなんらかの罪を犯し、肉体と精神を分離させられた。ちょうど今の俺のように。そして、この球体に精神を幽閉され、島流しのような刑罰に服している。

 もちろん彼らがフィクションに登場するような機械的生命体の可能性もある。だが、それにしては彼らの動作は最適化されていない気がした。以前、彼らが顔を見合わせるように回転したことを思い出す。音声を介さない情報伝達が常態的なものだとしたら不必要な動きのはずだ。

 その想像はそれほど荒唐無稽ではなかったらしい。宇宙人たちは俺の言葉を否定も肯定もしなかった。ただ沈黙を保ち、無重力を漂っている。


「いくつか質問していいか?」


『お答えできることならば』と宇宙人たちは言う。もし俺とアキの想像が正しいと仮定するならば束縛を表す表現なのだろう。彼らはなんらかの事情で直接的な助言ができないよう制限されている。


『ここはそのための場所です』


 その仮定を踏まえると宇宙人たちの言葉はほとんど催促にも聞こえた。救われたい、と願い、足掻き続ける態度だ。なんとなく宇宙人たちの思いが透けたような気がしてくすぐったくなる。


「じゃあ、まずはそうだな……お前らは神サマを信じてるか?」

『質問の意図を把握しかねます』

「いいから答えろよ」

『……地球にもいくつかの宗教がありますね。それと同様、おおよそすべての知的生命体はその段階は違えど宗教的な思考を抱くと予想されます。なぜなら超自然的な存在、自らよりも上位の存在への憧憬は願望や欲求が充足しないことに基づくからです。ゆえに、我々の間にも神という概念はありました。とはいえ、実在や信仰の程度については言及しにくい点があります』

「話が長いな」俺は笑い、続ける。「まあ、それは前置きみたいなもので重要じゃないんだ。俺が訊きたいのはお前らのこの行動が神頼みに近いものなのか、それとも最善を尽くした行動なのか、ってことだ」

『言うまでもありません、これが最善かどうかはともかく、我々は救われるために全力を尽くしています』

「そうか」


 俺は一度目を伏せ、大きく息を吸う。無論、この身体は精神体であり、酸素の補給は不可能であるのだが、それでも冷静さを保たせるには効果があった。

 こんなことですべてを解決できるわけがない。

 そう思いつつ、俺は言い放った。


「じゃあ、お前らが救われる方法を教えろよ」


 俺が下した〈命令〉は宇宙船の中で虚しく反響し、やがて窓の外にある宇宙へと出て行った。空気のない宇宙空間では俺の声はどこへも伝わらない。

 だと言うのに、宇宙人はその振動が収まるまで待つかのようにやや間を置いて、それから声を発した。


『その行動をしたのは三人目です。お心遣いはありがたいのですが、残念ながら我々に対して〈命令〉を下すことはできません』

「試してみただけだって」


 俺は自らの行動を侮蔑するかのように笑う。

 だが、あながち間違いではないとも思っていた。

 宇宙人を救う鍵など決まり切っている。

〈命令〉だ。

 自分たちが救われるためになぜ俺たちに支配者の権限を与えたか、という疑問を考慮すればその結論以外に答えはなかった。この力が単なる褒賞だとしたら選択肢は窓の外に浮かぶ星々よりも多くなり、きっと辿り着けることなどできやしない。おそらく、俺の〈命令〉によって彼らは重要な何かを手に入れられるのだろう。

 問題はどのような〈命令〉を、誰に対してするか、だ。そして、解答を導き出すにはその行動が宇宙人に及ぼす影響にまで踏み込む必要があった。


「皮肉、だよな」俺は頭を掻く。「お前らを嫌えば嫌うほど、お前らを理解しなきゃいけないなんて」

『胸中は察します』

「じゃあ、ついでにアキがどんな質問をして、お前らがどう答えたのか、訊いていいか?」

『構いませんが、鈴木明英との会話は私たちの星の文化や私たちの趣味嗜好に関するものに終始していました』

「アキらしいよ」


 俺は苦笑を浮かべたものの宇宙人たちは黙っている。表情などない球体たちだ、それはわかっている。だが、その沈黙に傾聴を待ち侘びるような風情を感じ、顔を引き締めると、彼らは静かに続けた。


『……とは言っても、あなたにとっては有益だと思えるものもあったかもしれません。どうやらあなたはいろいろ調べようとしているみたいですから。たとえば従属衝動や〈命令〉の種別について、だとか』

「……聞かせろよ」

『では、まず従属衝動を説明しましょう』


 そう言って、俺の目線の水平上で三角形を形作っていた宇宙人たちは三分の一回転をした。自転ではなく公転だ。決められた役割をまっとうするかのように、今まで喋っていたものとは別の球体が俺の正面にやってきた。


『従属衝動についてあなたは人よりも多くの知識があるはずです』


 声色や口調は同じだ。人格すら均一化されているようにも思える。それが生来のものなのか、矯正されたものなのか、それとも押しつけられたものなのか、俺には知る術はない。


『従属衝動がホルモン分泌の異常によるものというのはあなたも理解していると思います。つまり、肉体の変調が精神へと影響を及ぼすのです』

「知ってるよ、それが第一段階だろ」そこで俺は自分の手を一瞥する。「で、支配者の〈命令〉を無視し続けると第二段階に移行する。それよりも俺が知りたいのは――」


 宇宙人の解説は俺の中でどこか上滑りしている。従属衝動についてはほとんど知り尽くしており、今さらそのシステムを耳にしたところで特筆すべき収獲があるようには思えなかった。

 しかし、宇宙人は続ける。


『これは生物の恒常性と学習行動に起因します。要するに肉体に生じている不快を予期し、無意識下での回避を試みているという状態です』

「だから、従属衝動の話はもういいって」


 宇宙人は殊更に遮断を無視する。まるでこの話題が重要なものであるかのように、だ。

 そして、次の言葉に俺は口を噤んだ。


『ですが、あなた方地球の人々においては異なります』


 思考が鷲づかみにされたような感覚に陥る。一瞬にして制止を忘れ、俺はいつの間にか宇宙人の言葉に聞き入っていた。


『あなたは従属衝動という名前に疑問を持ちませんでしたか? あなた方は無意識下の欲求ではなく、理性で判断し、〈命令〉に従っている』


 ……言われてみればそうだ。

 俺たちは当たり前のように従属衝動という単語を用いているが、その名称とは裏腹に――今の俺以外は――従属への衝動に突き動かされているわけではない。第一段階の「従属衝動」はどちらかといえば強迫観念と呼ぶべきものだった。


 では、なぜ、従属衝動と呼ばれているか?

 みんながそうしたからだ。


 そして、その単語を最初に使ったのは他ならぬ宇宙人たちだったはずだ。どういった仕組みかは知らないが、宇宙人たちは言語の壁を越える能力を有している。ヒンディー語だろうが中国語だろうが英語だろうが、俺たちが使っている日本語だろうが、意味自体は保たれたまま翻訳されて伝わる。

 にもかかわらず、その言葉の持つ本来的な意味は失われている。


『この原因は〈命令〉の作用機序の差異と〈命令〉の種別です。我々とあなた方の〈命令〉の処理手順は一致しません。あなた方は「意味理解」と「感情」の二つのフィルタを有しており、それがあなた方特有の従属衝動の発現に繋がっているのです』


 洪水に飲まれている気分になった。単語の意味は把握できるが、言葉のみによる説明では理解しきれず、質問すら思い浮かばなかった。

 宇宙人と対面するのはこれで二度目だ。アキは「支配者になった人間は二度呼び出される」と言っていた。特別なことがあれば別、だとも。その特別がどのような契機なのかわからない以上、何かを訊けるのは今しかない。


 だというのに、俺の口は動かなかった。宇宙人が俺に何を伝えようとしているのか、それを考えるので精一杯だ。激流のような未知に揉まれるだけ揉まれて、しがみつくに足る流木に手を伸ばすことすらままならない。もちろん質問が閃いたところで彼らが答えるかどうかも別の問題だった。内容が決定的であればあるほど「お答えできません」が返ってくる可能性も高まる。

 焦燥と逡巡に揺られ、俺は必死に考える。

 宇宙人が俺の言葉を無視してまで従属衝動の話題を続けた意味、地球人特有の症状、〈命令〉の作用機序。その中に隠された解決への道標――。


『では、次に〈命令〉の種別についてです』

「ま」淀みなく進行する宇宙人の言葉を、つかえながらも、制止する。「待てって! もっとわかりやすく教えてくれよ!」


 だが、宇宙人たちは極めて無感情に『不可能です』と言った。『お答えできません』に近いニュアンスがあるようにも感じられ、ぐっと歯噛みする。

『時間がなくなってきました。〈命令〉の種別について話しましょう』

「もうかよ」


 俺は勉強机の上にある壁掛け時計に目を向ける。しかし、いつも淀みなく動いているはずの秒針は止まっており、この空間があくまで再現されただけのものだと思い出した。時計は単なるイミテーションのようで、針は十二時ちょうどのまま固定されている。体感時間は三十分ほどだったが、どれほど正確か、自信は持てなかった。


「アキは夜通し話した、って言ってたのによ」

『地球人にとってこの空間は強い負担となるため、呼び出せる時間は個人によって異なります。鈴木明英には適性があった、それだけです』


 次からはその適正とやらも含めて支配者を選べよ。

 そんなふてくされたような発言をできるわけがない。もう既に俺とアキは選ばれ、おばさんは亡くなり、母さんは泣いていたのだ。ここですべてを投げ出せるほど俺は物わかりがよい性格ではなかった。


「わかったよ、じゃあ、〈命令〉の種別について話してくれ。強い〈命令〉と弱い〈命令〉のことだろ?」

『鈴木明英には物事を咀嚼しすぎるきらいがあります。我々は単に「支配者に授けたのは不完全な〈命令〉である」ということを伝えただけです。完全と不完全を強弱として理解したのでしょう』

「それで、その二つは何が違うんだ?」

『主な特徴として、完全な〈命令〉は感情のフィルタに影響を及ぼします』

「またその言葉か。フィルタって単語のイメージからすると〈命令〉が絶対的なものじゃないように思えてくるな」

『なるほど』


 一瞬、時間が止まった、ような気がした。

 気もそぞろな相槌に肯定めいた感嘆が返ってくるとはまったく予想もしておらず、耳を疑う。一度顔を伏せ、ベッドから腰を上げる。三体の宇宙人はちょうど俺の目線の高さを漂っており、まっすぐ見つめ合うような形になった。


「どういうことだ?」


 だが、宇宙人たちは返答を重ねない。代わりに別の言葉を発した。


『鈴木明英は本当に面白い人間でした。意味のないものに意味を見出そうとしているような雰囲気があり、正直に言えば好感を覚えています。中でもあの演説はよかった』


 演説――帰宅禁止令を発布した際、カメラに向かってアキは「支配者とは何か」を語った。記憶を辿る。すると、俺の意志に呼応するように慣れ親しんだ部屋の風景は消えていき、やがてテレビ局のスタジオが現れた。スタッフやアナウンサーまでもがおり、番組の制作が進行している。試しに声をかけてみたが返答はなく、肩を叩いても反応はなかった。俺の存在が透明になったかのようだった。

 俺は一歩踏み出す。部屋に敷いてあるカーペットの感触はなくなっている。あるのは空調で冷やされた冷たい床だ。

 気付けば知った声が響いている。


「――僕たちはDictatorではなく、Rulerと呼ばれている」


 俺はアキが支配者になってから歴代の支配者たちのことについてできる限りの勉強をした。〈命令〉もそれに対する賛否もさまざまだった。しかし、これまでどんな言語圏でも俺たちは支配者と呼ばれ、独裁者と呼称されることはなかった。

 なぜか? 簡単だ。従属衝動と同じく、そう宇宙人たちが言ったからだ。


『あなたたちはルールをねじ曲げる独裁者ではありません。支配者と独裁者の違いはルールの中に身を置くか否か、です』

「……つまり、〈命令〉には拒否権があるってことか?」

『そのとおりです』


 珍しく明確な答えが返ってきたが、手放しには喜べなかった。もし拒否権なんてものがあるのならば俺はどうやって従属衝動の第二段階に達したというのだろう。


「何かが抜けてるってのかよ」

『抜けている、とは』

「俺の記憶からだよ! そうじゃなきゃお前らの言ってることが成り立たねえ。その話は本当なんだろうな?」

『我々が虚偽の情報を伝えるメリットはありません』

「ああ、そうだろうな、そうなんだろうよ。だけどな、もし記憶のない時期に俺が重要な何かを聞いてたらもうどうしようもねえ、って話をしてんだ。その完全な〈命令〉ってやつで俺の記憶を戻せねえのかよ」

『可能です。ただ』

「じゃあ何よりも先に治せよ!」


 俺は食ってかかる。襟があればねじり上げていたところだが、あいにく球体の宇宙人たちには文字どおりつかみ所がなく、振り上げた手を無理に下ろすしか選択肢はなかった。


「それでお前らの状況も変わってくるじゃねえか」

『最後まで聞いてください。完全な〈命令〉ならばあなたの記憶を戻すことも確かに可能です。ですが、今の我々にはその権限がないのです』

「……あ? どういうことだよ」

『……お答えできません』


 肝心なところでこれだ。隔靴掻痒たる思いに俺は思いきり近くにあったパイプ椅子を蹴飛ばした。金属の椅子は一度跳ね、けたたましい音を立てて横倒しになった。スタッフたちは何事もなかったかのように番組の収録を進行させていた。

 精神体だというのに息苦しさを感じる。これが適性とやらの影響なのだろうか。右の後頭部から眼球にかけて頭の芯をつま弾くような痛みが疼き始めていた。

 俺は舌打ちをして、宇宙人たちを睨みつける。


「……俺はお前らのこと、信用していいんだよな。お前らは一切嘘を言ってなくて、救われるために全力を尽くしてるって」

『そのとおりです』

「俺に可能性はあるって言うんだな」

『そのとおりです。あなたには学ぶべき前例もあります。もし、我々のために、という意志がないのであれば理由も作りましょう。鈴木ケイスケ、あなたが我々を救ってくれたならすべてを元に戻しましょう。我々が地球にやってきた痕跡を消し、あなたのねじ曲がった記憶も修復すると約束します』


 餌を撒かれたようで気分はよくないが、かつて俺が抱いていた疑いはすっかり晴れている。すなわち、宇宙人たちはテラリウムの中で右往左往する地球人を眺めたいだけなのではないか、という疑いだ。もしそうなのであれば彼らの行動にはあまりにも贅肉が多すぎるし、内側に入り込みすぎている。

 俺がやるべきことは一つだ。情報をつなぎ合わせ、宇宙人の描いた物語を補完すること。

 そして、この合理的な宇宙人たちはきっと不可能を押しつけはしないだろう。

 たぶん、俺はもう必要なものをすべて持っている。

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