第四節 両親からの手紙
神々の祝日が明けて最初の一週間が終わり、ようやく週末休みがやってきた。
朝のんびりと起き出してみると、部屋の扉のポストにレグルス宛ての手紙と小包が届いていた。
「手紙は母さん、小包は父さん……なんで別々なんだ」
勉強机に向かい、まずは母からの手紙の封を開けてみる。
「……ユアン・アークトゥルス様へ」
便せんの一行目には、確かにクラリッサの字でそう書いてあった。
「俺宛て、なのか」
「うん。最初に送った手紙に、ユアンのことを書いたから」
はい、と便せんをユアンに渡す。
「きれいな字だ」
ユアンも自分の机について、クラリッサからの手紙に目を落とす。
レグルスはもう一方、エミリオからの小包を開けた。
「あ、ハーブティー……」
小包の中身は、家の裏庭で育てている薬草で作ったハーブティーの缶が二つと、エミリオからのメッセージカードだった。このハーブティーは甘めのやさしい味で、レグルスも気に入っている銘柄だ。
「なになに……『ひとつは学園長への賄賂なので、レグルスから直接渡してね』……父さん、息子に賄賂の片棒担がせるなよ」
はあ、とため息は出るも、父らしいメッセージにレグルスは安堵した。エミリオは本気か冗談か判断しかねる冗談をよく言うのだ。レグルスも何度も真に受けたが、今はもう、父が本気の言葉を発するときは絶対に茶化さないとわかっている。判断に困る内容なら、それは冗談ということだ。
「でも、学園長に会うなら、またあの職員塔の階段をてっぺんまで登らなきゃいけないってことか……疲れそうだなあ」
「次の日が休みのときに行けばいい。明日なら、行ける」
ユアンは体をひねってレグルスのほうを向いた。
「レグルス、母君からは君宛ての手紙もあった」
ユアンが便せんを数枚渡してくれた。確かに、レグルスへと書かれている。便せんからはかすかに薔薇の香りがした。
『元気でやっているか。お前が出ても出なくても、チャリティーストーリアは見に行く。今年は一年目だし、遅れて入学したお前がチャリティーに出演するのはおそらく無理だろう。ナイドルの世界はそんなに甘くない。夢なんてものは叶うことのほうが少ないし、人生を賭けた挑戦が失敗するなんてよくあることだ。
しかし夢を見なければ、夢に挑まなければ、夢が叶う可能性は絶無だ。それだけは絶対に忘れるな。まあ、どうせ落ちてガッカリするだろうが、頑張って立ち直れよ。
お前を一番応援している、レグルス・フィーロの最初のファンより』
「……母さん、ひどい」
「こっちは俺宛てだが、君も、読んでいいと思う」
二人はクラリッサからの手紙を交換し、お互いに読み合う。
『レグルスは幼い頃からナイドルオタクの祖母に無数のストーリアを観賞させられていたからか、ナイドルを見る目がかなり肥えている。レグルスは君のことを、アルテイル・レゴラメントよりすごいかもしれないと書いていた。私はまだ君を実際に見てはいないが、レグルスがそう思ったのならば、君の才能は卓越したものなのだろう。
だが、君の夢はナイドルになることではないともあった。レグルスは生粋のナイドルバカだから、君の目には不愉快に映ることもあるだろう。そして私も親バカなので、これだけは君にお願いしたい。君にしてみれば、ナイドルに
君の夢がなんであれ、ティターニア学園で過ごす時間はかけがえのないものになる。いつか会える日を楽しみにしている。
追伸。困ったことがあったら、間に誰かを挟まずに、直接学園長に言え。渋られたら、エミリオに学園長を頼れと言われたと言えばいい』
「うう……ユアン、ごめん。母さん、めちゃくちゃ言ってる」
「俺の両親も、君に俺をよろしくとさんざん言っていた。親としては、普通の行動なんじゃないか」
「……ユアンって、大人だな」
「そうだろうか。ところで、エミリオというのはレグルスの父君か」
「うん」
「学園長とご友人なんだな」
「そういや学園長に初めて会ったとき、おれの父さん母さんとは知り合いだって言ってたかも……」
「母君は脚本家なんだろう。学園とつながりがあっても不思議じゃない。文面は厳しいが、君を心から応援しているとわかる」
「そう、だよな。どうせ落ちるとか書いてるけど、やれるだけは頑張る」
レグルスの返答に、ユアンは一瞬思案顔をして言った。
「だが、無理はよくない」
その言葉が、自分を心配してのものだとわかる。レグルスはニッと歯を見せて笑った。
「大丈夫。おれ、今年の学年末試験をどのくらい頑張るかちゃんと決めたんだ」
ナイドルは体が資本、疲れていては最高の自分にはなれない――後期中間試験で得た重大な教訓だ。
「いつも通りやれば、できる――って状態を、当たり前にする。それが今回のおれの目標」
正直、クラリッサの言うとおりなのだ。自分でも、まだオーディションに受かるレベルには達していないとわかっている。チャリティーに出演するならデネボラに並び立たなければならないが、今の自分の実力では到底無理だ。
「……いいと、思う」
「ユアンはどうする?」
「ベストを尽くす」
「いつも通りってこと?」
「ああ」
「ベストを尽くしたら主席になって、舞台に立つことになっちゃいそうだけど……」
「だとしても、やれることはやる。でなければ、俺を受け入れてくれた学園、送り出してくれた両親、真剣に夢を追う君に失礼だ」
まっすぐで、純粋な言葉――ユアンのすみれ色の右目には、一点の曇りもない。
「わかった。頑張ろうな、ユアン!」
「ああ」
レグルスが突き出した拳に、ユアンがちょこんと拳をくっつけた。
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