第三節 怒濤の一週間
翌日の
「諸君らも、今年のチャリティーストーリアの演目は〝カノープスの旅立ち〟だと思っていたことでしょう。事実、我々教職員もそのつもりでした。しかし学園長は何か思うところがあったのか、急遽、変更となったようです。対外的にも、今年の演目は〝
第五十回チャリティーストーリア概要――授業の最初に配られた冊子は、急遽という言葉がそぐわないほどしっかり作られていた。
以下の役は、学年を問わず、最も優秀な生徒一名が選出される。
ナイドル部
風華の騎士カノープス――フィオーレ・アステラの者
不可視の剣士ブランヴァ――ソール・アステラの者
月よりの監視者サジェ――ルーナ・アステラの者
地の民の里長――テッラ・アステラの者
プリドル部
その巫女リュヌ――ルーナ・アステラの者
エンディング・テーマ歌唱――アステラ問わず
その他の端役は、各学年の成績優秀者から若干名が選出される。
「不勉強な者は知らぬ名もあるだろうが、安心したまえ。私の授業で念入りに説明する。小テストも課すので、そのつもりでいるように。では、次は学年末試験の班分けについて説明する。十ページを開きなさい」
十ページには、班分けの概要が書かれている。
学年末試験兼オーディションは、班単位での試験となる。各班のメンバーは、これまでの成績・素行等、およびアステラを考慮して、教職員で決定し、生徒には試験の三週間前に通達する。原則、班替えは認められない。班は学年混成で、ナイドル四人、プリドル二人の六人で構成される――
ユアンが、さあっと青ざめた。
今までの試験では、個人の技量のみが問われていた。しかし今度は、初対面の相手と版を組んで練習し、試験に臨まねばならない。他人との関わりを避けてきたユアンには酷な試練だ。もちろん、ユアン以外の友人を一人も作れていないレグルスにとっても。
時間割はこれまでと同じなのに、授業は格段に大変になった。
レグルスは〝月明の剣〟に詳しいおかげで、小テストではそこそこ得点できている。ユアンがレグルスに疑問点を聞いてくるので、説明することでさらに理解が深まった。なお、ユアンは毎回満点だ。
月曜日の午前のオリエンテーションに始まり、火曜日、水曜日、風曜日と過ぎていく。どの先生も、これまでよりも厳しい。班分けの発表までに〝月明の剣〟を終えるのは、本来ならば半年かかる内容を一ヶ月で習うようなもので、そもそも無理があるのだ。
◇ ◇ ◇
そして、風曜日の夜。
「じゃあ、ちょっと行ってくる。デネボラさん、待ってるって言ってたから」
身支度を整え部屋を出て行くレグルスを、ユアンは、
「気をつけて」
と、見送ってくれた。
冬の夜は冷える。この季節、外で練習するべきではないだろう。風邪をひいたら元も子もない。
果たして、後期中間試験のためレグルスが毎日通った練習場所、その大樹のそばで、デネボラは待っていた。マフラーで首元を覆い、曇った夜空を見上げている姿はどうしてか儚げで、先日の恐ろしい人とは別人に見えた。
「こんばんは、デネボラさん」
「やあ、レグルス。来ないかと思っていたよ」
「また風曜日に、って言われたから……」
「キミっていい奴だね。お人好しすぎるくらいかな」
デネボラは目を三日月型に細めたが、口元はマフラーに埋まっていて、どんな表情をしているのか全貌は窺えない。
「キミのアステラはテッラだよね。じゃあ〝里長〟か」
里長は、テッラ・アステラのナイドルが演じる役。名前がなく肩書きだけなのは、原典に名前が書かれていないからだ。
「まあキミのことだから、どんな役かは知っているよね?」
「はい」
四大神に会うため旅をするカノープスと仲間たちは、遥か北の果て――〝
月神山の麓には脆弱な第四の種族〝地の民〟が住まう里があり、その里長しか、月の神殿への道を開くことができない。
カノープスたちは里長の案内で神殿へ向かう。だが、月姫神の庇護下にあるはずの参道は、悪しき怪物――
「里長も護身用の剣で戦うけど、地の民は戦いが苦手だから、カノープスたちに何回も助けられます。そのうちにだんだんとカノープスたちに心を開いてくれる……そんな役です」
「うん、うん。さすが、わかってるね。里長はピンチを演出する役回りだ。里長役のナイドルが上手だと、主役はさらに輝きを増す」
「はい。だから、大事な役です」
「脇役には脇役なりの演じ方があるんだろうけど、ボクは教えられない。ボクはフィオーレ・アステラだから、試験もカノープス役でね。里長の
前に練習した〝エルトファルの修行〟は、デネボラもかつて演じたストーリアだったから、二人で合わせることができた。だが今回は、どちらも未経験のストーリア。それぞれが自分の役を覚えてからでなければ、合わせることはできない。
「だから、次に会うのは、班分け直前の週の風曜日でどうだろう? そのときには、一年生も〝月明の剣〟を学び終えているだろうから」
「へっ、まだ一緒にやってくれるんですか!?」
「もちろんだよ。キミと練習するって言い出したのはボクのほうじゃないか。キミが嫌にならない限りは続けるよ」
「嫌なんてことは、ないですけど……」
デネボラには感謝しているし、教われるものならこの先も教わりたい。だが、怖くもある。レグルスに見せる親しみのある顔と、ユアンを見つめたときの瞳に燃えていた炎――両者が乖離しすぎていて、デネボラの本心がわからないからだ。
デネボラの提案通り、次に会うのが班分けの直前ならば、一ヶ月弱は距離を置ける。
「じゃあ、またお願いします」
「うん、うん。それじゃあ班分けの前日にまた会おう。頑張ってね、レグルス」
「はい」
デネボラは、ひらひらと手を振りながら去っていく。レグルスはその背中を目で追った。
「……やっぱり、わかんねぇ」
デネボラに感じ続けている違和感――デネボラが両極端な顔を見せたこととは、また別の何か。ほかの人たちと何かが決定的に違う。だが、それが何かはやはりわからない。
とはいえ、今回もデネボラのことを考えている余裕はない。それこそ、次にデネボラに会うまでに〝月明の剣〟のセリフと武踊を叩き込んでおかなければならないのだから。
◇ ◇ ◇
金曜日の午後の、ストーリア実習。この授業が最も大きく変わり、そして過酷だった。
これまでの形式だと、試験までに〝月明の剣〟を読み終わることができないからと、グリーゼ、バービッジ、マーネンの三人が揃って武踊館で解説、本読み、武踊を並行して指導するのだという。だが、この担当教員三人がもれなく鞭しか持っていないタイプなせいで、飴がない。授業を終えた生徒たちの表情は一様に暗かった。教員の方も明るい顔はできないようで、特にバービッジは辛そうな顔をしていた。
この一週間はレグルスもユアンも、各科目の宿題を終えた後は、毎日泥のように眠った。
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