ユミル⑦
しかしその感触は壁にぶつかったようだった。カルマの体当たりを食らってもユミルはびくともしない。
彼女はただでさえごつい木の人形なのに、実際はその見かけ以上に重いようだ。
「無駄だよ。ユミルはのっぺらぼうでも見た目以上の強さだ。下手な抵抗はしないでほしいな、アサナギ君を口説くためにも君を破壊したくない」
「だからってこのまま待ってられるか!」
己を鼓舞するようにカルマは声を張り上げた。
このまま待てばリシテアとアサナギが来る。アサナギ側はドール二体でファレノはドール一体。ユミルは強敵かもしれないが、数としては有利だがユミルの戦闘力は未知数なのでなるべく戦いたくはない。なによりカルマは人質になれば、ドールを人間のように扱うアサナギは判断を謝るだろう。この状況をさらに有利にしなくては勝ち目はない。
ファレノはこの状況を望んでいる。例え二対一の劣勢でも、どうにかする策を持っているのだ。ならばそれを崩さなければ。
カルマは当て身から体勢をわずかに崩したユミルの側頭部を蹴る。しかしユミルはそれを腕でガード。すばやくのっぺらぼうとは思えない動きだ。カルマは次にガードで疎かになったユミルの足を狙い払う。少し体勢をくずしたユミルの腹部に掌底。それにより彼女の体は揺らいだ。
カルマは奇妙な手応えを感じた。ユミルは強い。しかしあまり効いていないにしても攻撃は当たる。普通なら防御や回避などでダメージを減らすものだが、思っていたよりダメージが通る。
「なるほど」
そのからくりに一足先に気付いたのか、傍観していたファレノが声を上げた。そしてカルマに伝える。
「カルマ君の背が低いからか」
「あぁっ?」
いきなり見た目を悪く言われたように感じて、カルマはついガラ悪く反応してしまった。ユミルより先にファレノを蹴飛ばしたい。しかしファレノは慌てて訂正する。
「ああ、ごめん。そういう意味じゃないんだ。ユミルは今まで自分と同じような体格としか戦ってこなかったから、カルマ君のように背が低い相手との経験値がないんだ。だから攻撃を受けるにも避けるにもズレてしまうんだ」
「あ……」
そのからくりにやっとカルマも気づいた。ユミルは低身長相手の戦闘経験がない。基礎能力が違うかもしれないが、ユミルも同じAIだ。プログラムされたこと、それにより新たに学習したことしかできない。自分と同じような体格の相手とばかり戦えばその対策はすぐにできる。しかし慣れない体格と戦った経験がないため対策がない。なので仮に長身相手の対策をカルマに使っていて、防御も回避もどこかズレてしまう。
カルマは勝機が見えた。しかしAIの強みはその高い学習能力。すぐにユミルもカルマの対策ができてしまう。なのであと少ししかカルマの攻撃は通じないと考えた方がいい。それまでに仕留めるしかない。
何もない広い空間。可能な限りカルマはユミルと距離をとる。そして突進した。それは最初に使った当て身。そのためユミルはもうカルマ対策ができたのか、低く構える。しかしカルマがやりたいことは突進ではない。
ユミルの肩に手をついて低く構えたユミルの上を飛び越すように回転。そして空中でベストからナイフを出す。
そしてユミルの後ろへ着地、すぐさままだ防御しているユミルの後頭部へとナイフを突き立てた。
「あああああああっ!」
精一杯の力をナイフに込める。AIを壊せばユミルは動けない。それにドールは内部に通信機能を組み込めないため、データの通信は簡単にはできない。つまりスパイ中盗んだデータを戻る前に破壊すれば、彼らの仕事の妨害になるだろう。
ナイフは電子部分に届いたらしい。ユミルは元の板となった。板はナイフに貫かれている。
「は、はぁっ、は……」
それを見て、カルマはしなくてもいい呼吸が乱れた。やれた。今の不利な状況の打破、そして敵の目的妨害。これ以上にない成果だ。
しかし次の瞬間、彼の体は跳ねていた。
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