ユミル⑥
そうして彼は敵地へ自分のドールを持ち込む事に成功した。次は与えられた新品ドールのAIと、持ってきたAIを入れ換える。このあたりはドール組み立ての知識が有ればできるだろう。そうして中身を継いだドールができる。
ファレノは基本目が見えないし魔力が本当はある。だからわざと最初からのっぺらぼうに作れてしまう。しかしそれは見た目だけで中身は強い。
そのドールをパートナーとしてファレノはクウェイルにて情報収集をした。ファレノは目の見えないふりと能力の低いマスターの振りをして。ユミルはのっぺらぼうの振りをして。そしてメンテナンスなど、都合の悪い時だけ支給されたドールを起動した。アサナギの言った、『部屋に置かれたドールがまったく育っていない』のはそのためだ。
「やっぱり偵察するにも視覚情報が頼りだからね。僕も完全に見えている訳じゃないから、色々とユミルに見てもらって記憶してもらったんだ。それを持ち帰らないと」
クウェイルのマスター達の戦力、工房の技術、都市部の構造、盗めるものは山ほどある。そしてAIが魔力で増強されている彼らは魔力次第で記憶容量が増えいくらでも記憶できる。そうしてその情報を利用し、クウェイルを攻撃する。恐ろしいスパイだった。
「それでここからが本題だ。アサナギ君と君達ドール、僕達の仲間にならないか?」
「引き抜きかよ。マスターは国を出れないんじゃないのか?」
「いろいろと穴はあるよ。僕もこれから出国するわけだし、アサナギ君だってあの能力だ。僕みたいにドールを板や日用品にして持ち出す事はできるよ」
確かにこうしてファレノがここにいる以上、いくらでも穴はある。アサナギも能力が高いのだからなおさらだ。勧誘は聞くつもりはないが、情報を得ようとカルマは尋ねる。
「そもそもあんたらの所属はどこだ。フェザントということでいいのか?」
「フェザントではない、といっておこうか。これ以上はマスター本人に教えたいな。というわけで、君のマスターを紹介してくれない?あとは自分で口説くからさ」
「うちのマスターは腹黒い男なんて好みじゃないんだ。諦めてくれ」
実際アサナギの好みなんてカルマは知らないが。それでもアサナギの性格を考えればこの国を裏切る事はない。彼女は今でも世話になった孤児院に仕送りをするほどだ。このクウェイルに恩があり、無茶な脱出をしてまでよそにつくはずがない。
しかしカルマが言い切った所で激しい音があった。聴覚が強化されているカルマには耳が麻痺する程の音だ。
カルマの髪と耳。そこを何かがかする。耳につけたはずの通信機が吹っ飛んでいた。耳も損傷したのだろう。魔力が散り、やがてそれが固まり元の耳になる。
「交渉決裂だ。通信機を破壊した」
長身の男がこちらに銃を向けていた。距離がないとはいえ、カルマに気づかれず通信機のある耳だけを撃ったという。なかなかの技術だ。
しかしその行動はファレノにとっては先走ったものらしい。彼は首を横に振った。
「オーキッド、その結論は早すぎる。僕はもう少しカルマ君と話をしたかったのに」
「こいつに話を通す気がないのなら意味がない。そうなると通信機だって必要ない。むしろさっきの銃声で彼女達をおびき寄せる事ができる」
もしカルマが話をアサナギに通したいのなら、その通信機で呼び出せばいい。しかしカルマはそれをしないと確定したから長身の男、オーキッドは撃った。ドールよりも決断がシンプルすぎる。
「カルマ君が乗り気でないのなら、それも悪くない作戦か。では予定変更だ。カルマ君を人質にアサナギ君をおびき寄せることにしよう」
まるで子供のような純粋な笑顔でファレノはとんでもないことを言った。先程の銃声、そして破壊されたため繋がらない通信機により、アサナギは心配していることだろう。心配すれば彼女はリシテアを伴いここに来るかもしれない。そうなるとファレノ達の思うツボだ。
人質になるわけにもいかない。その一心で、カルマはユミルに向かって突っ込んで、体に当て身を食らわせる。
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