ユミル②
「あ……」
「知っているだろう。どこの国も来るもの拒まず去るもの追わない。ただし例外がいる。それは犯罪者とドールマスターだ」
大戦を経て、どの国も同じような国になった。歴史がなくなり人種や思想などほぼ特徴ないようなものになったからだ。ならば民は国を選ぶようになった。特徴のない国から自分を少しでも優遇してくれる国を探す。そのために各政府も移民を積極的に受け入れている。ただし自分の国に有益と判断した人間のみだ。
国の役に立つ人間は好条件で招くし、出ていこうものならもっと良い条件を出す。逆に足をひっぱる人間はいらない。それでも人手不足なので労働者は欲しい。どこも同じような国なので、ある程度能力が高いか低いかであれば国から国へ流れる者もいれば、知り合いの多い国に住み続ける者もいる。
「ドールマスターは戦力だ。しかも機密を握っている場合もある。だからファレノの能力が低かろうが移民は許されないよ」
「アサナギもか?」
「アサナギも。私は工房の人間だから、工房が国……クウェイルと契約を切ればこの国を出ていけるし、よその国への出張もあるかもしれない。けれど、マスターは違うんだ」
工房は国と契約した企業のようなものだ。その契約が互いに納得できるから連携している。しかし納得が行かなければ契約を切り、よその国へ行く。
カルマは思っていたより工房の人間は自由だ。しかしマスターは政府と契約したため自由でない。
「そんな状態だからね。ファレノが前の国で嫌な思いをして、今の国で生活のためにマスターになって、ちょっと余裕ができて、そして前の国を思い出して、帰りたくなったのかもしれない」
「……それなら帰してやればいいのに。弱いんだから」
「規則だからねぇ。だから優しい君達に声がかかったというわけさ」
ミモザは柔軟にファレノの感情の動きを想像し説明した。しかし政府は柔軟ではない。どんなに弱いマスターだとしても規則には従わなければならない。
そんな彼を必要以上に傷つけることはないと信じているのだろう。アサナギとカルマの元にこの話が来た。ならばその信頼と期待に応えたいとカルマは思う。
「ちなみにこれから行くのは北ブロックのフェザント寄りだ。ノラネコも多いから気を付けるように」
フェザントはクウェイルより北に有り、クウェイルとは細かな争いはたえない国だ。フェザント国境近くとなれば争いは絶えず治安が最悪だろう。
そしてノラネコというのはどこの国にも移民を断られるような、元犯罪者などのならず者達の事だ。
車は止まった。昔は都市だったのだが、今は誰もすんでいないとされる土地に着いた。周囲はコンクリートを割って伸びた植物や朽ちた建物ばかり。人の姿は一切見えない事が逆に恐ろしいとカルマは思う。
「ここにファレノが?」
「ああ、ある程度は防犯カメラから情報を得ているし、フェザントは彼の故郷だ。きっとここまで来たはいいが出国できず、ゲート付近でさまよっていることだろう」
「連れ戻すというよりは保護ってかんじか」
「うん。そこの廃ビル群にノラネコが居着いているはずだ。カルマはそこで情報収集してほしい。盲目の男なんて、ノラネコにとっていいカモだからね。絶対に知っているはずさ」
簡単に言えばファレノはここで恐喝くらいはされているだろうから、武勇伝のように語るノラネコを探せばいい。そうすれば簡単に手がかりを掴めるはずだ。
しかしそんな場に入るというのにこのままの格好でいいのかとカルマは気付いた。今日も彼はフリルシャツにリボンタイ、サスペンダー付きズボンという格好だ。
「この格好で探せば悪目立ちするんじゃないか?」
「だからいいんだよ。きっとどこのお坊っちゃんだと絡まれるだろうけど、邪魔するやつは危害を加えて構わない。そういう奴らはすでに恐喝しているからいい情報源が向こうからやってくることだろう。そもそも服以前に君の容姿ではなめられる。どんな格好だって同じだよ」
小柄で少女のような姿をしたカルマではどんな格好をしていようがなめられる。服装はこのままでいいとしても、カルマとしては微妙な気持ちだ。筋骨隆々なレダならノラネコ達は見た目だけで恐れたはずだろう。
しかし見た目はアサナギの記憶から作られたのだから仕方のない問題だ。
それよりも装備を確認した。ミモザはアタッシュケースを取り出す。そこにはカルマに許された装備が入っていた。
「通信機は耳につけて。私は別場所でアサナギやリシテアと待機しているから。で、武器だけど君のクラスではナイフしか扱わせる事ができないんだ」
「わかってる。どうせナイフなんて使わない」
耳には通信機を。そしてベストの内側にナイフを隠し持つ。戦闘経験などから決まる彼のクラスでは訓練が素手の戦闘のみ。ナイフを使った戦闘はしたことがないが知識はある。そして銃などは所持不可。
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