ユミル③


 戦うとすればノラネコに絡まれた時位なのだから素手で戦う事のみを考えた方がいい。例えならず者であっても殺してしまうことは避けたい。

 あとはいくつかの拘束具。今回これを使う事が多くなるだろう。

 

 「一応確認だけど、ファレノはドールを連れていないんだよな?」

 「もちろん。彼の部屋にドール、ユミルは残されていたし、許可なくドール連れでここまで来れないよ」

 

 ミモザがそう言った所で、カルマの耳に着けた通信機が音を立てた。おそらく別の場所で待機しているというアサナギからの通信だ。

 

 『カルマ、聞こえますか?』

 「ああ、聞こえる。そっちは?」

 『私は今リシテアと共に別の車内で待機しています。貴方達のいる地点から

、その廃ビルを挟んだ位置です。別のビルで隠れているため見えにくいですが』

 

 通信越しにアサナギは説明してくれる。つまり現在は車でビルを挟み撃ちをしている状態だ。しかしカルマが出発後にはミモザがアサナギのいる地点に合流。そしてカルマがファレノをそこまで連れて帰るのが彼の仕事だ。

 

 『何かあればすぐ戻って下さい。救援が必要ならリシテアが向かいます』

 「いや、心配しすぎだろ。相手は人間だけなんだから」

 

 心配症なマスターをカルマは小さく笑った。任務は人探し。そして戦うとすればならず者相手だ。ならば捜索を切り上げる事はあっても撤退する事はあり得ない。

 

 『……いつも言ってますが、油断はしないでください。なにがあるのかわからないのがドールですから』

 「わかった。警戒して進む」

 

 以前のカルマなら口うるさいマスターを疎んだ事だろう。しかし今の彼はその忠告を素直に聞いた。レダの事があったからだ。レダだって最強の肩書を持ちながら何度も破壊されている。生まれたての自分は人探しであっても破壊されるかもしれない。

 

 『あ、あと、わかった事があるのですが』

 「ん?」

 

 カルマは廃ビルに向かい出発しようとした足を止めた。まだ時間に余裕はある。

 

 『ファレノさんのドール、ユミルを解析したら、ほぼ初期教育程度のデータしか育っていないようです』

 「……それってどういう事なんだ?」

 『ユミルのデータ容量がありえない程に少ないということです。この容量だとテストマスターでの初期教育分しかなくて。ファレノさんが育てた分がないというか……』

 「ファレノは素質がなかったんだろ。だからじゃないか?」

 『それにしても少なすぎるから気になっているんです。それなのにファレノさんはほぼ毎日自室にユミルを連れ帰っているようだし』

 

 毎日ドールを自宅へ連れ帰るのなら成長が早まる。例え才能がなくてもそれなりに成長するものだ。だからおかしい。

 しかもファレノは全盲だ。自分の生活だけで手一杯なはずなのに、ようやく自立歩行ができるようなドールを毎日連れ帰るとは思えない。部屋だって彼に与えられた部屋は狭く、大きなのっぺらぼうドールと一緒なら窮屈だろう。

 

 「わかった、頭の中にはいれとく」

 

 アサナギの引っかかる点は一応覚えておくことにして、任務開始となった。

 ミモザの乗った車はアサナギと合流しに動き出す。これからは一人で行動しなくてはならない。通信で救援は求められるが、それでも自分だけで解決したいとカルマは慎重に進んだ。

 

 朽ちたビル街に向かい、彼は歩き出す。割れたアスファルトは歩きにくいが、カルマは背筋を伸ばして歩く。自分はこれから人間の振りをして、ファレノを探している振りをしなくてはならない。

 

 その目的のビルから二人組から出てくるのが見えた。思っていたよりは若く、身なりがくたびれているが派手な格好の少年二人組だ。ちょうどいいとカルマはさり気なく近付く。するとカルマのか弱そうな見た目のせいか、向こうから近付いてきた。

 

 

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