ユミル①
初任務は突然にやってくる。カルマが任務内容について告げられたのは、ミモザの運転する車に乗せられてからだった。
「敵勢力へと逃げようとするマスターの捕縛?」
「そう。それが君に与えられた初めての任務だ」
ミモザは運転席に座って、しかし自動運転のためとくに操作はせず任務について説明をした。
マスターが敵勢力の元に向かう。それは政府や工房にとっては大きな痛手だ。重要な戦力を失うどころか敵に渡るのだから。同じドールを使って捕縛しようとするのも当然だ。
「まぁ、あまり強くないマスターなのだよ。ぶっちゃけ敵に取られてもそう痛手ではない、というのが上の判断だ。しかし君にもそろそろ初任務を与えなくてはならないそうでね」
ミモザは運転席で腕を組みその豊満な胸を寄せる。そして窓から見えるスラム街の働く少女に見惚れた。この任務に緊張感がないのは本人の性格ではなく、上層部の判断のせいだろう。上はとりあえずカルマに何か経験をさせたいだけなのだから。
「任務は任務だ。簡単だろうがやるよ。で、どういうマスターなんだ?」
「もう君の端末にデータを送っているよ。目標はファレノという二十代男性だ。特徴に関しては盲目で杖をついているから、すぐにわかると思う」
カルマは端末を操作し現れた情報を記憶した。ファレノ。重い雰囲気の黒髪で陰気そうな男性だ。黒髪のせいか雰囲気のせいか、どこかアサナギに似ている気がする。これで杖を持っているのなら人物の特徴的には見つけやすいだろう。しかしひっかかる事がある。
「目が見えないのなら魔力が強いんじゃないのか?」
「うん。そういう説から我々は彼をマスターにスカウトしたんだ。耳が聞こえないアサナギが強いのなら、目が見えない人も強いのではないかと。結果は違ったけれどね」
「違った?」
「のっぺらぼうなんだよ、彼のドールは。それに動きも鈍い。とりあえずアサナギの件もあって研究対象としてマスターを続けてもらったがね」
ミモザは興味なさげに語る。ドールを着せ替え人形のように思っている彼女にとってのっぺらぼうとはつまらないことだろう。
体の一部の機能を失うと魔力が強くなる。その法則を信じ素養があるとして、工房はファレノをマスターに勧誘したのだろう。しかしその法則は今回発動せず、最低レベルマスターの証であるのっぺらぼうを生み出したという。工房はもうファレノに戦力的な期待はしていなかった。しかし研究のためだけにファレノをマスターとしてドール所持させていたのだ。
「考えてみれば、全身の機能が衰えた老人に膨大な魔力があるわけじゃない。そこから身体機能低下と魔力が反比例するという法則は崩れているわけだ」
「でも、アサナギは耳が聞こえないし、レダのマスターは隻眼、この間のニルだって内蔵系が悪いんだろう」
「そうそう、ニルは腎臓ね。その三人の共通点は普通の人にある器官が失われいて、魔力が強い。しかしファレノには魔力が少なかった。それはまた別の共通点がアサナギ達にあるということかな」
研究者のような職人として、ミモザはその考えをわかりやすく伝える。アサナギ達に有ってファレノにないものを探す。そのため工房はファレノにマスターを続けてもらう。
しかしそのファレノは逃げたという。
「そもそもファレノはどうして逃げたんだ?弱くたってマスターなら生活の保障はされる。なら、……言い方悪いけど、盲目なら前よりはいい暮らしができただろ?」
この階級社会では盲目で生きる事は普通より厳しい事だ。下の階級では、ただ目が見えないというだけで憂さ晴らしの的になりかねない。それなら憂さ晴らしをする暇もないマスター達の中に混じっている方が穏やかに過ごせるだろう。
「ファレノは国外の人間なんだ。だから帰りたくなったのかもしれない」
「国外って、ホームシックか?」
「元はフェザントからの移民でね。どこの国も弱者には同じようなものだから、このクウェイルでも彼は弱者として扱われるはずだった。そこを工房がスカウトしたわけだけど。でも前の国では恋人や家族や友人が居たのかもしれない」
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