ジュリエット⑦


 「その手紙に書かれているのはエットの名前です」

 「……どうしてそう思った?」

 「ジュリはこちらに戻ってきてから怒ってしかいないからです。そんな場面ばかり見ていれば、甘やかされたいニルさんはジュリを選びません」

 「エットだって怒っていたんじゃないか?」

 「確かにそうですが、それでも彼女には穏やかだった時があります。もちろんジュリにも穏やかな時はありましたが、同一のデータを使ってますから最後に穏やかだったエットの印象が残ります」

 

 同一のデータを使ったからこその差だった。もちろんどちらにも穏やかな部分も激しい部分もある。ただしその印象の与え方はまるで違う。

 最近怒ってばかりのジュリと困っていた時にやっと来てくれたエット。性能、性格、時間なんて考えない。その印象だけでニルは選ぶだろう。

 

 カルマは手紙をこっそり開く。するとアサナギの予想通りの名前があった。たしかにこれはジュリエット達を任せたくない。長く命をかけて付き合うという相手を、印象だけで判断されたくはないのだから。

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 数日後。さまざまな書類を提出し、色んな変化があった。

 ジュリエット達はバラバラに、別のマスターの元で仕える事になった。どちらもニルに愛想を尽かし、自分からニルから離れたいと言ったのだ。おそらくアサナギ達以上にジュリエット達はニルの残念な面を知っている。それが恋愛フィルタにより見えなかっただけで、今回のフィルタ解除により考えを改めたのだろう。

 失態をさらしたニルは別のドールを育てる事になった。ただし一からではなくある程度育った、マスターを戦場で失ったドールだ。ちなみに中年の男性体。もちろんニルはごねたが証拠の動画を見せたら何も文句は言わなくなった。

 そして各自一応はなんとかやっている。

 

 「私のマスターは体重気にしてて。リシテアさん、なにかいいレシピない?」

 「でしたら私が考えたレシピを後で端末に送信しておきますね。お嬢様の美容のためせっせと貯め込んだレシピです」

 「リシテアさん、私のマスターは高血圧で。でも塩分減らすと物足りないみたいなの。どうしたらいい?」

 「レモンなど別の味で変化をつけてみてはどうでしょう。それなら塩分が少なく済みますよ」

 

 まるで井戸端会議のような事が繰り広げられているのはアサナギの部屋のリビングである。主婦のような会話をしているのは髪を染めたジュリと髪を切ったエット。どちらもマスターが変わった事で容姿はわずかに変わっているが、面影は残っている。そしてリシテア。マスターに尽くしたい三人組による女子会だった。

 

 「やっぱさ、マスターには健康で長生きでいて欲しいよねえ。そのためならいくらでもがんばれるもん」

 「マスターも私が手を尽くせば尽くす程頑張ってくれるもんねぇ」

 「前のマスターなんて内臓悪いのをなんとかするために作った料理に塩やら油やら勝手に足すんだもんねぇ、ほんとなんであんなのに尽くしてたんだろ」

 「ほんとそれー」

 

 どちらのジュリエットも今のマスターに満足し、前マスターの愚痴で盛り上がっていた。喧嘩なんてすることはもうない。

 キッチンから、その楽しげな様子をアサナギとカルマは眺めた。

 

 「女って怖い……」

 「そうですか。愛情がなくなったのならこうなるのも仕方ないとおもいますけどね」

 

 女達の変わりぶりに恐ろしくなったカルマだか、一番恐ろしいのは隣にいるアサナギだ。今回彼女の予想通りに事が進み、ジュリエット達をまともなマスターの元に預けるという目的も達成している。すべてドールのための行動だ。ドール狂いという彼女のあだ名はある意味間違ってはいない。

 

 

 

 END

 

 


 

 

 

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