ジュリエット⑤
「ちなみに、僕が外した場合はどうなる?」
「その場合は最初に言った通り、一体だけです。もう一体は破棄します」
「……その場合はどちらのジュリエットだ?」
「確保したいジュリエットはニルさんが決めて下さい。で、カルマに紙に書いて預けて下さい。私はそれを試練が終わるまで見ませんが、外したらその手紙通り全部こっちでやります」
ニルは深くため息をついた。本当にアサナギは試したいだけなのだろう。こんな試練とその始末は面倒な作業であるはずなのに、それを引き受けてくれている。
それに完全に失うわけではない。最低でも一体のドールがニルの手元に残る。なんのリスクもないならやるべきだ。
「わかった、やるよ」
「じゃあ、私がいろいろと根回しをします。とりあえずミモザさんに話を通して、人を呼びジュリエット達を運びます。そしてジュリエット達にこの試練を伝えます」
試練までの期間、ニルとジュリエット達は接触させてはいけない。ニルが二人を区別する合図を決める恐れがあるからだ。とはいえジュリエットは二体持ちなんてごめんなので結託することはないのだが。
■■■
それからは普段の生活に色々な雑事がかさなって、アサナギ達は忙しく各部署を駆け回った。
ますはミモザの部下である工房の職員達がジュリエット達を拘束、隔離、移動をしたのを見届ける。ニルとは接触しないままなので不正はないだろう。
次は前に工房で起動テストした女性体ドールの元に行き、そのマスターに協力の約束を取り付ける。
試す場所は工房の一室を借りることにした。まずはそこにジュリエット二体を並べた。背の低く長い黒髪の和服を着た女性。短い赤毛のワンピースの女性で、どちらもジュリエットの面影はなくスリープ状態にある。
「リシテア、カメラは二台配置してください」
「はい、ただいま」
疲れを感じさせず部屋の隅でカメラの設定をするアサナギに、カルマは違和感を覚える。どうして彼女はここまでするのか。
たしかにニルは同じ工房のマスターとして仲間ではあるが、親しくはない。それにあまり誠実でない彼をアサナギは嫌っているようだった。
「なんでそこまでするんだ?」
「え?」
「いや、わざわざ色んな人を巻き込んであいつを試さなくってもさ、権限はお前にあるんだからさっさとドール一体回収すればいいのに」
アサナギがニルに命令さえすれば今回の問題はすぐに解決する。なのにわざわざ手間や時間や人の手を借りて試すような問題ではない。
「簡単に言えば報復防止のためです」
「報復?」
「このまま私だけで決めてしまえば、私がニルさんや選ばれなかったジュリエットに恨まれてしまいます。私のこと、恋人を引き離した悪い女だって」
悪い女。その単語はかなりアサナギに似合わない。しかしニルはあまり性格の良い男とは思えないので確かに恨まれることだろう。同じ工房のマスターとして、これから協力する事もあるのなら妙なトラブルは避けたい。
「それに、私はこの試練ではジュリエットを当てさせる気はありません。ここにいる二体のドールは、どちらもジュリエットではありませんから。そしてこのまま、ニルさんに当てさせます」
「それって……」
カルマはジュリエットであるはずの二体を見た。二体は彼に向かってウインクする。ジュリエット達ではない。話を通した上でまったくの別のドールがやってきたのだ。彼女達は前にアサナギがテスト起動したドールだ。
「ニルさんは確率二分の一だから適当に言い当てるつもりかもしれません。けど実はどちらもジュリエットじゃないので当たるはずがありません」
「悪い女だ!」
今ほどアサナギに悪い女という単語が似合うと思う時はなかった。こんなもの当てるのは無理だ。しいて言えばひっかけ問題として『どちらも違う』と答えるのが正解だが、『ジュリとエットを当てろ』と言われたら目の前にいるのがジュリとエットのどちらかと考えて当然だ。
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