レダ⑦


  「まぁ、自分だけが読むものだからな。感情や人間らしいことは簡潔でよいのだ。『アサナギと逢瀬→嬉しい』『後輩カルマと会った→複雑』みたいな具合にな」

 「複雑なのかよ」

 「わからぬ事は全て複雑としておる。そうすれば全部と組み合わせて考えて、なんとなくわかる。なんとなくで良いのだ」

 

 人間だって全ての感情を自覚し記録するものはそういない。しかしドールは完全な結果を求められているため、完全に書こうとするから余計に難しくなる。カルマは日記をつけているレダが最強な理由がわかった気がした。

 

 「でもさ、あんたは振り返れるしかっこつけられるしでいいことづくめだろうけど、アサナギはどうなるんだよ」

 「アサナギか?」

 「あいつ、あんたと会った後に落ち込むんだ。今日もなんとなく元気なさそうだし、二年前にもそうだったってリシテアも言ってた。それはあんたがほぼ破壊されるような任務に行くとわかっているからだろ?」

 

 逢瀬とはしゃぐレダは勝手だが、アサナギの気持ちを思えば無神経にも思える。育てた大事なドールが自分の知らない所で破壊される、なのに逢引と浮かれたドールに付き合わねばならないのだ。マスターとしてはやってられない事だろう。

 彼らはドールだから人の複雑な感情は理解しにくいのかもしれない。現にリシテアは『レダがデートで失礼な事をする』とでも思っている。カルマだって気づいたのはレダの発言からひっかかったためだ。

 

 「ふむ。いい加減慣れてもらえるといいのだが」

 「慣れるかよ。それに慣れていいもんじゃない」

 「それもそうか。カルマは優しい子だな」

 

 レダはまるで父親のように褒めてから笑う。大きな手でカルマの頭を撫でようとしたが、子供あつかいを嫌う彼に避けられ空振った。そして撫でる事は諦め未来予知をした。

 

 「アサナギはこれから前線に出ることはなく、ドールの教育係として専念する事になるだろう」

 「……なぜ?」

 「あの耳と体のせいだ。あれでは戦場ですぐ死んでしまう。しかしその能力から簡単には死なせられない。ならば安全な中央で、ドールを育てる事に専念した方がいい。そしていつかアサナギをマスターとするドールは百体を超えるだろう」

 「ひゃくっ……?」

 

 それはカルマにとって想像がつかない数値だった。ドール二体を持つマスターというだけでも珍しい。ミモザから頼まれたテストマスターで十体同時に起動したのだってなかなかできない事だ。しかしこれからアサナギはその十倍、百体のドールを起動させる事になるという。

 能力的に無理という事はない。そしてその強すぎる能力では使い方も特殊で、決して戦場に出ることはなく安全な位置で優秀なドールを育てあげた方がいい。

 前にミモザが言った、人間に近い容姿を利用した潜入などを百人で行う。それはこの国の大きな力となるだろう。しかしその分破壊されるドールは増える。

 

 「百体だ。それだけのドールを持つからには破壊に慣れてもらわなくては困る。……いや、そんなの建前で、アサナギの感覚が麻痺する前に我の破壊を悲しんで欲しいというのが本音だが」

 「ぶっちゃけやがった。しかも病んでやがる」

 「ふふ、それだけ我の感情は育ってしまったのだ。まったく、大事に人間らしく育てねば強くなれないなんて、酷な仕組みだ。我らにとっても、人間にとっても」

 

 何もかもを諦めたような表情で、レダは本棚を見上げた。

 ドールの仕組みが生まれた時、人間は思ったはずだ。使い捨てにできる労働力ができて楽が出来る、と。しかし実際はドールに人間らしく接して感情を育てなければ仕事はできない。

 ドールだって育てば育つ程に精神的な疲労が増すし、マスターだって育てれば育てるほど失う事が怖くなる。楽になるには失うことに慣れるしかない。

 ドールであるはずのレダはアサナギに執着する。人間であるはずアサナギは感情を捨てなくてはならない。いつかそうなる日が来る。

 

 

 

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