レダ④


 アサナギの普段結われている黒髪はおろされていた。長い髪は毛先を巻かれ、顔にはうっすら化粧が施されている。顔つきは普段通り、しかし疲れているように見えて、リシテアの飾り立てたい熱意はよくわかった。

 服装はいつもと変わらずシンプルなワンピース。ただしいつもより品質がいいものだ。そして耳にはイヤリング。これはドール技術を応用した補聴器のようなものなのだろう。一人になっても音が聞こえるようにとミモザが用意したものだ。

 

 「おお、アサナギ。ずい分と背が伸びたか」

 「レダも背が伸びましたね」

 「あっはっは!昔もやや我が大きかったがな」

 

 昔を知るもの同士の会話には二人の歴史があった。なんとなく、カルマはいつもの家だというのに居心地の悪さを感じる。

 

 「では行ってきます。自由時間ですのでリシテアもカルマも好きに過ごして下さい」

 「はい。行ってらっしゃいませ」

  

 リシテアはメイド服のスカートが揺れないよう、静かに礼をした。そしてアサナギとレダが部屋を出てから、素早く自室に戻る。なんだろうとカルマはその様子を見ていたが、わりとすぐにリシテアは出てきた。

 トレードマークであるメイドの装いではなく、男性のような格好をして。

 

 「……なにその格好」

 「こんなこともあろうかとミモザ様に作っていただきました」

 

 長い髪はキャスケットの中へ。細身のスーツは女性らしい丸みや凹凸がなくなっているので補正をしたのだろう。線の細い美青年という姿は普段のリシテアとはまるで違っていた。

 

 「これは変装です。お嬢様とレダのデートを尾行するための!」

 「はぁ?」

 「もちろんレダの事は私の大先輩ですし信用しております。けれど何があるのかわからないのが男女というものです」

 「何を言ってるんだお前。心配しなくてもあの二人なら何もないだろ」

 「いいえ、メイドは見た!です!私は見なくてはなりません。なにかあるかもしれないのですから!」

 

 つまりは興味本位と過保護からか。カルマは先輩の意外なようでそうでもない一面を見た。デートを尾行したいのならすればいい。リシテアのことなので止めはしない。しかしリシテアはカルマすら巻き込もうとする。

 

 「こんなこともあろうかと、ミモザ様にカルマの衣装も作ってもらいました。ゴシックロリータなワンピースを!」

 「女装じゃねえか」

 「はい。もちろん女装ですとも。こんな綺麗な男二人なんて目立って仕方ないですし、あえて性別を逆にするぐらいでないと変装にはなりません」

 

 至極まっとうな意見としてリシテアは言うが、カルマにはツッコミどころ盛りだくさんだ。そもそもカルマは尾行なんてする気はない。

 

 「俺は行かないからな」

 「気になっているのでは?」

 「気になってなんかない。尾行ならお前一人で行けよ」

 

 確かに胸のあたりにもやりと魔力が渦巻く感じはするが、女装して尾行するほどじゃない。リシテアも尾行するのにこれ以上ここで時間はさけないため、カルマ勧誘は諦めることにする。

 

 折角の休日だ。カルマはレダの言葉を思い出し、端末から書籍販売サイトを眺める。そしていろいろと眺めてからよく売れている本を三冊ほど購入した。

 自分がどんな本を読みたいと思うかは自分でもわからない。AIは多くの選択から一つを選ぶことが苦手だ。それにドールAIが優先して学習するのは戦闘や人間社会に馴染むための知識だからだ。なのでカルマは消去法から人間の作った創作を中心に選択した。

 

 自室でそれを読もうとした時、扉が開いて誰かの帰宅した事に気付く。

 男装リシテアだった。リシテアがしょんぼりとした様子で帰ってきたのだ。

 

 「尾行に気づかれたのか?」

 「いいえ、順調でした。お嬢様達は最初中央の娯楽街のカフェでお茶をしていたのですが、西ブロックの端の方に行ってしまったので」

 「……ああ、危なっかしいところはドール単体じゃ入れないんだっけ。ノラネコに解体されるとかで」

 

 カルマはその知識を思い出す。人間のように暮らすドールも人間のようにできない事は多々ある。そのうちの一つが行動先の制限だ。

 単純に敵勢力に侵攻されるような場所にドールを送れない。ドールを敵に奪われては困るからだ。なによりノラネコと呼ばれるならず者がドールを捕獲し売り飛ばそうとする事もあり得る。

 もちろんその場合ノラネコに怪我をさせてもドールは逃げていいのだが、そんなややこしい事は政府も避けたい。なのでドール単体での許可のない立ち入りは禁止だ。

 

 

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