リシテア⑧
「……そういえば、ニクスの力はとても弱かった。てっきりアザができるほどの力で押さえ付けられると思ったのに」
アサナギは掴まれた首に触れながら思い出す。ニクスは勢いよく押さえつけようとしたはずだったのに、脆いアサナギを気遣うように触れていたらしい。
あくまで彼はどうにかして死にたいだけで、アサナギに本当に危害を加えるつもりはなかった。
「ニクスはお嬢様のお名前を知って、だからこそ危害を加える振りの対象に選んだのでしょう。お嬢様ほどのお力を持つマスターはそういません。傷つければ通常よりも厳しく罰せられますもの」
今日アサナギに絡んだ中年男性のように、とかいう話はリシテアは知らないはずなのだが。それでもリシテアは迷いなく行動した。ニクスが死にたかったなんて関係なく、マスターに危害を加える敵として、即死するようナイフを投げた。
「彼のマスターはここには来れないそうですね。そして彼の体には傷があったようです。おそらく虐待か何かでしょう。事情はマスターに聞けばわかりますが、既に隠蔽されてあるので素直に語るとは思えません」
「……そうか」
今この場にいる者たちで、一番堪えたのはミモザだった。何も知らずドールを復元しようとしてしまった。それも虐待から自殺を考えてしまったドールを。
結果はアサナギも傷つかず、ニクスも望む結果となったわけだが、やはり製作者としては苦しい結果だ。
「……とりあえず今回のことはニクスを第一に考えよう。多少のバグをでっち上げてでも、彼のデータは全て消す。もう復元されないように」
まずミモザが優先するのはニクスの選択のこと。ここで破壊しても後で復元されては意味がない。しかし政府や工房は虐待などでは納得せず復元するだろうから、致命的なバグだとでっち上げる。
「ニクスの本来のマスターは、その権利を剥奪する。彼らは人間に近いほどに強い。なのに物として扱い病ませるような輩にドールは預けられない」
「わかりました。私達も、何か聞かれてもそう答えます。それと私が狙われた事とか、使えるのならいくらでも使って下さい」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
でっち上げの共犯を申し出てくれたアサナギに、ミモザは力強くうなずいた。不幸なドールを生み出した後始末としては、これが最善の策だろう。とはいえまだやれることはある。
「カルマとリシテア。生まれたてドール達の相手をしてやってくれ。私達はこの件の報告書を仕上げることにする。けど生まれたてのあの子達にはこの事を知られたくない」
「承知いたしました」
「……わかった」
生まれたてドール達がこの状況を知ればきっと絶望するだろう。カルマはさっきされた質問を思い出した。希望はあると、彼は答えたばかりなのに。
「希望はあります。私には淡い色合いだと思いますが」
「は?」
二体のドールが修理場を出てから。リシテアはそんな事を言い出した。
それから申し訳なさそうに笑う。
「申し訳ありません。私はお嬢様の聴力を補うためか、遠くの音までよく聞こえるようです。つまり、盗み聞きしておりました。はしたないとは思うのですが」
「あ、ああ、そうかよ……」
「そうなると当然、お嬢様に絡んだ中年男性の話もしかと聞こえておりました」
聞いていたのか。カルマはニクスの結末を中年男性に置き換えてぞわりとした。しかし彼女は申し訳なさそうに微笑んだままでいる。
「ふふっ、嫌ですね、報復なんかしませんよ。罰はきちんと政府や工房が与えてくれますから。私が手を下すまでもありません」
「ああ、そう……」
「それよりも、私はお嬢様とミモザ様のお気持ちが嬉しいのです。二人は私が中年男を襲撃しにいかないよう、思いやって嘘をついてくれましたから。人間とは、そういうものでしょう?」
リシテアはそう言って一足先に新人ドール達の世話を焼きに行く。カルマは心を見透かされた気がした。そうだ、虐待しそれを隠蔽する人間がいる一方、虐待を防ぐために隠蔽する人間もいる。それが希望と言える。
その希望を伝えるため、カルマは新人ドール達に向き合いに行った。
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