リシテア⑦


 「すごいだろう、アサナギの力は。指の関節も爪の厚さまでここまで人間らしく表現できるのはこの子くらいだ」

 

 まるで自分の事のようにミモザはアサナギを誇る。ニクスはその自分の体の精巧さに感動しているのだろう。ニクスの本来の主の魔力がどれほどかは知らないが、アサナギより上と言うことはないはずだ。

 

 「貴方が、アサナギ……」

 

 既にニクスもアサナギの名は知っていたのだろう。噂から知ったもののように彼女の名前をつぶやく。その次の一瞬、ニクスはアサナギの首に手を伸ばした。

 

 その行動は誰にも読めなかった。ニクスがアサナギの首を掴み、体を引き寄せ羽交い締めにしたのだった。普段ならリシテアやカルマが事前に察知したかもしれない。しかしニクスは現在アサナギの魔力を得て、普段とは段違いの速度を得ていた。なので不意をつかれ、アサナギがを人質にとられてしまう。

 

 しかしその次に行動したのはリシテアだった。

 

 素早くエプロンの裏側から投擲用のナイフを取り出し、ニクスの正面からに投げる。ニクスの眉間にそれは刺さった。そしてそれと同時に彼は力を失う。小柄な少年だった彼は大きなのっぺらぼう素体になり、掴まれたはずのアサナギは自然と脱出していた。

 

 「お嬢様への害意を察知したためAI部位を攻撃しました。お許し下さい」

 

 静かにリシテアは謝罪し、改めてアサナギの無事を確認する。強い力で引き寄せられたように見えたが、アサナギの体に怪我はない。それどころか彼女はまだ自分の身になにがあったかを理解していない。

 

 「なんだい、今のは。仮とはいえマスターを攻撃するなんて、バグなのか?」

 「バグといえばバグかと。彼はお嬢様を攻撃して殺されたかったようですから」

 「は……?」

 

 さすがのミモザも理解に追いついていない。しかしリシテアは想像がついていたのだろう。ナイフを回収し、次に事情を語る。

 

 「彼は自殺志願者というものです。カルテには高所からの落下とありました。しかし本当は銃でAI部位を自ら破壊したのでしょう」

 「自殺……?」

 「私、不思議だったのです。彼は高所から落下したと言う割には服が綺麗すぎます。修理してからミモザ様が着替えさせた、というわけではないでしょう?」

 「あ、ああ。私のような細腕ではこんな大きなマネキンにゴテゴテした服を着せるのには苦労する。それなら魔力を入れて自分で着てもらいたい」

 

 確かにリシテアの言う通り、ミモザが診た限りニクスの体や服には大きな汚れや傷はなかった。高所からの落下でドールがAI部位破損するとなれば他の部位や服も相当に傷めるはずだろう。

 ミモザが修理してから着替えさせたというのも考え辛い。意識のない巨大な人形に服を着せるのはかなりの重労働だ。

 つまりニクスは頭部だけを破損した。そんな器用な事はなかなかできないし、高所からの落下という嘘をつく理由もわからない。

 

 「確かにここに運び込まれた時、服はきれいなものだった。ただ、体は細かな傷がわりとあって、だから落下と聞いて納得していたのに」

 「彼ぐらいのクラスはならば訓練時に銃を扱っていても不思議ではありません。その練習時、彼は拳銃自殺をしたのでしょう」

 「自殺!?」

 

 その言葉にリシテア以外は驚いた。まさかドールが自殺するなんて、という驚きだ。しかしこれだけ人間に近ければ自殺をしたっておかしくはない。それにドールだからこそ自殺を自殺と気付かれない可能性もある。

 

 「突発的か計画的かはわかりませんが。……ドールという特性を考えれば突発的だったのかもしれませんね」

 「特性?」

 「例え破損ししても、データさえ残っていれば復元される、ということです。冷静ならばそれがわかっていて、自殺なんてするはずないです。だって無駄になるのですから」

 

 リシテアはぞっとするような事をいつもの世話焼きメイドらしく語った。それは永遠に繰り返される自殺だ。AIを破壊されれば自分が何故死亡したかをドールは知らない。しかしある程度予想はできる。そんなことを知らない人間により復元されてしまうと考えれば計画的な自殺はできない。意味がないからだ。

 だからこそニクスは突発的に自殺をしたが、こうして復元された。なので今度は計画的に、誰かに危害を加える事により、静止させるため誰かに殺されようとした。

 

 「仮のマスターであるお嬢様に危害を加えれば、マスターに危害を加えたドールとしてニクスはデータごと処分されます。復元されたばかりならばなおさらデータに異常があるとして、もう二度と復元されることはないでしょう」

 

 そのあたりまで見越してリシテアはニクスのAI部分を容赦なく破壊したのだろう。その計算の速さに、何も気付けなかったカルマは反省した。彼女は起動時間がまったく違う先輩ドールだとしても、ここまでの思考力に至れるのだろうか。

 

 

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