リシテア⑥
衝立の向こうは楽しそうだったり静かだったりしたが、女性体ドールは多い上着替えだけでなく髪までいじっていたので時間がかかったらしい。ミモザが衝立を片付けると九体のドールか揃う。女性体も男性体と変わらず、床に座ってぼんやりとしたり意味のわからない言葉をつぶやいている。
「うん、やっぱりアサナギ任せて正解だな。九体同時に、これだけの完成度で初期教育の効率もいいのだから」
「九体だけですが、いいんですか?」
改めてアサナギが尋ねる。これはペナルティで、十体の魔力を入れるよう命じられたはずだ。しかし一体はバグで魔力を入れていない。もう一体やる余裕もあるので、ミモザに命じられれば新たにやるつもりだ。
「ああ、そうだったね。別に九体で構わないけれど。そうだな、そう言ってくれるのならもう一体、君に頼みたいのがいるんだ」
「はい。どちらに?」
「修理場だよ。ついて来て」
修理場と聞いてアサナギはだいたいの事情を察した。それはその名の通り、任務などで破損したドールの修理の場だ。しかしアサナギが必要という事は魔力を込め、自ら本来の主の元へ歩いてもらおうというのだろう。
作業場の隣。まるで人間の手術室を思わせる寝台がある小さな部屋にドール素体が寝ていた。欠けた部分は見当たらないので修理済みだ。ミモザが用意したであろう装飾過多な男性用衣料を着ているが、のっぺらぼう。見た目はただのマネキンにしか見えない。
「彼はニクス。私の担当でAIが破損したため復元したのだけれどね、電池が切れてしまったんだ。動作確認もしたいんだけど、マスターはここに呼べない事情があってね」
「事情、ですか」
ドールが破損したのならマスターも怪我をしたと考えられる。この場にこれなくても仕方ない。アサナギはミモザが渡したカルテを目に通す。
ニクス。添付された写真では優しげな雰囲気の成人男性体だ。破損は『高所からの落下による頭部の破壊』。それ以上は機密のためにもわからない。人形を作るのは工房だが、作戦を指示するのは政府だ。なので政府としては詳細を伏せておきたいのだろう。
ただの木の人形となったニクスのタイの辺りに、アサナギは両手を添えた。淡い光の後、彼は縮んだ。そしてなめらかな皮膚の体に変わる。最初から着ていた彼の服は、今の彼にはかなり大きかった。
「こいつも縮むのか?」
「お嬢様の魔力は膨大ですが癖はありますから。それを使えば容姿も変わりますよ」
「でも、顔はカルテのままじゃないか。幼いけど」
「それはお嬢様がカルテを見たから、無意識にそれを反映しているのだと思います。さすがお嬢様。元マスターへの配慮も忘れません」
念のためについてきたカルマが質問し、リシテアがすぐさま褒め言葉を交えて答える。ドールの容姿はマスターの見てきた人物。写真を見ればそれに似た状態で復元されるのだろう。ただしアサナギの癖が出て写真より幼くなった。
怪我したドール、ニクスは何度か瞳を瞬かせた。そして復元であるため、生まれたて達よりも滑らかに会話する。
「ここは……?」
「私の修理場だよ。ニクス、私の事は覚えているかな?」
「あなたは、職人です。僕を作った。そして修理した、ということでしょう」
「そう。バックアップデータを復元したからね。ちなみに君がデータを最終更新したのは一ヶ月前。今はその一ヶ月後というわけだよ」
データさえ残っていればドールはなにがあろうと復元ができる。ただし最後に記録した日からAI部分を損傷するまでの情報は消失する。つまりニクスは一ヶ月前の最終更新からこの一ヶ月の記憶がない。自分がどう損傷したのか、それすらも彼は知らないのだった。
「こればかりは困ったものだね。自分がどう怪我したか、それは再発を防ぐために一番重要な情報だというのに知ることができない」
「はぁ、すいません……」
「君が謝ることではないさ。けれど君、どうして損傷したか、思い当たる事はあるかな?」
自動で学習するAIも情報を失えばどうしようもない。しかしニクスの最終更新した記憶からある程度は予測できるのではないか。そう思いミモザは尋ねる。
しかしニクスは何も言わず考えこんでしまった。そんな彼を気遣うようにアサナギは提案する。
「一ヶ月じゃ任務の事はわかりませんよ。それより本来のマスターに返した方が。そのほうがニクスもマスターも安心するし、なにがあったかはマスターが一番知っているはずです」
「……貴方は?」
「アサナギです。動作確認のため、仮としてあなたのマスターとなりました」
ニクスはしばらくアサナギの姿を見つめた。そして自分の手のひらを見つめ、握って開くのを繰り返す。
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